週に一回、「スナックひきだし」のカウンターに立つ紫乃ママこと、木下紫乃さん。「思いつきで進んできた、行き当たりばったりの人生なのよ」と屈託なく笑う木下さんの言葉から感じるのは、「たいていの困難はなるようになる」というしなやかで強い芯。今回は、木下さんの半生について伺いました。(全3回中の2回)
挫折経験するたび「後悔はしない、糧にしてやる」
── 20代から30代でさまざまな仕事を経験し、40代で慶應義塾大学大学院入学、起業し「スナックひきだし」を経営されています。濃厚な人生を歩んでいるように感じますが、働き方や生き方への考えはどのように変化していきましたか?
木下さん:昔も今も、考え方は変化してないと思います。深く考えずに「やってみたいな」と思ったらやる、「やだな」と思ったらやめる。それだけです。でも、「後悔はしたくない」という考えのもと、進んできたように思います。
嫌なことは我慢できない性格なんです。転職も繰り返しましたが、当時からキャリアアップとかには興味がなく、「お金をいただけるなら何でもやります」という心意気でした。昔も今も、「自分がやりたいことをやるのが一番いい。他人が言ってることは気にしない」という考えが、私のこだわりどころなのかもしれません。
── この考えに行き着いたのはいつ頃ですか?
木下さん:学生の頃からかもしれません。高校、大学時代も、小さな挫折は数多く味わってきました。でもそのたびに「糧にしてやる」という意識を強く持っていたように思います。
特に40〜50代は、「選択すること」にすごく時間をかけている人が多いと思います。たとえば、50代の人が、「早期退職するか、定年まで待つのか」でずっと悩んでいたりする。考えることも大事ですが、考える材料は増えないのなら、今ある材料の中で「一番ワクワクするもの、心地良いと感じること」を選んで動いてみるのが大切だと思います。その後、選んだ道を納得させるために動いていくのが大事なのではないでしょうか。
雀荘、喫茶店、占い師…多彩な人生を送った叔母から得たもの
── 木下さんの人生や考え方に影響を与えた人物はいますか?
木下さん:親戚の叔母の存在が大きく影響していると思います。私の家庭はちょっと複雑で、親がギャンブル依存症だったため、高校生くらいのときに一家離散したことがありました。そのため、高校3年間は叔母の家にお世話になっていたんです。
彼女はものすごくバイタリティのある人で、今でも私のロールモデルのような存在。結婚して旦那さんを亡くしてからも、お子さんを立派に育て上げ、人生後半に差しかかっていても誰の世話にもならず、自分の意思で日々を過ごしていました。仕事の経歴もユニークで、未経験にもかかわらず、雀荘の運営を突然始めたり、喫茶店を開店してみたり、占い師になったり。びっくりするような人生を歩んでいたけれど、「どんな仕事をしていても、何とか食べていけるんだな」という感覚を知ったのは、叔母の存在があったからこそだと思います。
「自分のことは自分でやったほうが楽しいじゃない」と、人生を楽しむ叔母の生き方は、今思い返してもすごくかっこよかったなと思っています。
「こんなもんだよ」と諦めることも、楽に生きるためのコツ
── 年齢を重ねると、新しい挑戦や失敗が怖くなってくると思いますが、今でもチャレンジ精神を維持できている木下さんのメンタルの秘訣は?
木下さん:逆に「なんでもできる」という万能感を手放すことでしょうか。若い頃はなんでもできるような気がしますが、40代〜50代と年を重ねていくと、体力も落ち、生活のなかでさまざまな制限が出てきます。そのときに「こんなはずじゃなかった」と考えるとツラくなりますが、「こんなもんだよ」「だから制限があるなかで面白くやったらいいじゃん」と考えられたら、少し気持ちが楽になるのではないでしょうか。
それから、年をとるということは、残された時間が短くなるということ。「長い時間凹んでいるような贅沢はできないな」という気持ちは常に持っています。私は今年、55歳になりましたが、身近な人が大きな病気を患ったり、亡くなる人も出てくるようになりました。健診に行くたびに「大病が見つかったらどうしよう」と考えますが、いざそうなったときに「あれをやっておけばよかった」という後悔はしたくないなと思っています。だから、「深く落ち込んでいる時間はない」とか、「生きているだけで十分」と考えるのも、自分を上向きにさせてくれる方法かもしれませんね。
PROFILE 木下紫乃さん
1991年にリクルートに入社後、数回の転職を経て、企業研修設計と人材育成を手掛ける企業に入社。約10年間勤務し、大学院入学を経て、2016年に株式会社ヒキダシを設立。40、50代の働き方や生き方を支援する活動の一環として、2017年に「スナックひきだし」を開店。週に一回、昼営業で「紫乃ママ」を勤める。著書に『昼スナックママが教える「やりたくないこと」をやめる勇気』(日経BP)。
取材・文/佐藤有香 画像提供/木下紫乃