いじめを匿名で相談・報告できるプラットフォーム「STANDBY」。2023年11月時点で、33の自治体と約1300の学校に導入されており、年々、利用者数が増えています。開発者の谷山さんは、「いじめは見て見ぬふりをなくすことで、救われる命がある」と語ります。(全2回目の2回)

いじめ相談が3割、友人関係、家庭問題、勉強、不登校、性の悩みも

── 自治体や学校などで谷山さんが開発したいじめ通報アプリ「STANDBY」の導入が増えているそうですね。

 

谷山さん:おかげさまで、現在「STANDBY」はたくさんの方にご利用いただいており、33の自治体と公立学校を中心に、約1300校で導入されています。さらに、来年度からの導入が決定している自治体や学校もあります。

 

子どもたちからの相談件数は、初期の頃(2016年)と比較して10数倍に増えており、2022年の相談数は1万件を超えました。

 

「STANDBY」は匿名で相談できるため、子どもたちにとって電話やメールよりもアクセスがしやすいのだと思いますね。

 

いじめ通報アプリ「STANDBY」のメイン画面
いじめ通報アプリ「STANDBY」のメイン画面

── 具体的にどういった相談内容が多いのですか?

 

谷山さん:「STANDBY」は、悩みを抱えるすべての子どもたちに寄り添うことをコンセプトにしているため、相談内容はさまざまです。

 

具体的には、いじめに関する相談は全体の約3割ほど。いじめ以外では、友人関係や勉強のこと、家庭内問題や学校生活の悩みなどがありますね。

 

また、過去2年間で増えているのが性に関する相談で、全体の約2〜3%を占めています。たとえば「性自認によって制服を着ることが苦痛」といった相談です。

 

これは、社会全体でLGBTQに関する教育が広がり、より相談しやすくなってきていることが影響しているかもしれません。

 

「STANDBY」の主な対象は、小学生、中学生、高校生になります。相談件数では、小学生が中学生よりも2倍多いものの、中学生の相談内容はより深刻なものが多いと感じています。

 

また、一部では毎週金曜日などルーティンで連絡を送ってくれる子どもたちもいるんですね。なかには「第一志望の高校に合格しました。ありがとうございます!」といった報告も。

 

子どもも相談員もお互いに顔は見えないのですが、「STANDBY」が子どもたちにとってひとつの居場所になっていると感じています。

「いじめや不登校を何とかしたい」自治体の想いとデジタル化で一気に拡大

── 今は順調に自治体や学校での導入が進んでいますが、創業当時はいかがでしたか?

 

谷山さん:当初、「STOPit」(現在の「STANDBY」)の導入にはいくつかの課題があり、すぐにうまくはいきませんでした。

 

その理由は主に3つあります。まず第一に、日本では“匿名”での相談に関して理解が進んでいなかったことです。お互いの顔が見えないため、サービスの悪用や相談のしにくさなどの問題が懸念されていました。

 

次に、子どものチャットによる相談の手法が確立されていなかったことです。当時私たちは、国内で先駆けて子どものチャットサービスを展開していたため、前例がなく、文字にすることで子どもがかえって重く受け止めるのではないかという可能性も考えられました。

 

チャット形式でやり取りが行われる
チャット形式でやり取りが行われる

最後は学校側の意向です。多くの教員は、学校内の問題は校内で解決することを望んでおり、教育委員会や自治体を交えて「子どもの問題をみんなで解決しよう」というアプローチに理解を示していただくまでに時間が必要でした。

 

── 現在は、公立の学校での導入が多いとのことですが、どのように広がっていったのでしょう。

 

谷山さん:公立学校で初めて「STOPit」を導入したのは、2017年、千葉県柏市の中学校です。それが大きな話題となり、その後、茨城県取手市や神奈川県大和市も導入を決めました。

 

それを受けて、近隣の自治体もいじめの対策を始めるようになり、特に「いじめや不登校に関して何とかしたい」という教育委員会からの関心が高まり、徐々に導入する自治体が増えていきました。

 

また、2022年8月には、北海道旭川市でも重大な事案の再発防止策として「STANDBY」が導入されました。

 

一方で、2017年当時、中学生の約7〜8割がスマホを持っていましたが、全員がサービスを利用できる状況ではなかったため、「不公平にならないか」という問題があったんです。

 

しかし、2020年度からの文部科学省のGIGAスクール構想により、小中学生に1人1台のタブレット端末が配布されるようになり、それに伴って「STANDBY」の導入が一気に広がっていきました。

「いじめはよくない」が広まればクラスは変わる

── 時代がこのサービスに追いついてきた形ですね。相談のなかには、命に関わるものも少なくないとのことですが。

 

谷山さん:そうですね。これはいじめとは異なりますが、ある女子生徒から「クラスの男子生徒がLINEのプロフィールに『終活はじめます』と書いている。何かあったらと怖くて…」と写真つきで連絡がありました。

 

この相談は、子どもの自殺が増える傾向にある夏休み明けの時期であったため、私たちは至急、男子生徒の保護者と連絡を取り、事実確認を行いました。幸い何も起こらずに済みましたが、こうした命に関わる事案に関しては迅速に対応しています。

 

学校でいじめに関する出張授業も行っている
学校でいじめに関する出張授業も行っている

また、最近ではSNS上のトラブルが増えています。たとえば、友だちの写真を勝手に加工してSNSにアップしてそれがトラブルの原因になったり。あからさまな暴言ではなく、明らかに本人にだけわかるような巧妙な手口でSNSに暴言が書き込まれたりと。

 

こうした状況を見て、「友だちが傷ついている。自分ではどうにもできないから助けてほしい」と、心配して相談をしてくれることもあります。

 

── 本人がSOS出さなくても、周りで気づいてサポートできるというのはいいですね。

 

谷山さん:そうですね。例えば、クラスで誰かがからかわれている場面を目にしたとき、多くの生徒は「嫌だな」と感じるものの、「自分だけがそう感じているのではないか」と思いがちなんです。しかし、実際には多くのクラスメイトも「この状況はよくない」と感じている。

 

自分ひとりでは止めることはできなくても、匿名で第三者の専門機関に相談できれば、状況は変わり始めます。すると、クラスが「いじめはよくない」という空気に変わっていくと私は感じているんです。

 

私が2015年にサービスを開始した当初と比べると、今は社会全体でいじめに関心を持つ人や「子どもを救いたい」と考える人たちがとても増えています。

 

しかし、いじめやその他の悩みを抱えている子どもたちは依然として多いのも事実。まだまだ私たち自身の力不足を感じていますが、これからも子どもたちが安心して相談できる環境を提供し続けていきたいと思います。

 

開発者の谷山さん
開発者の谷山さん

 

PROFILE 谷山大三郎さん

1982年生まれ。株式会社リクルートを経て、NPO法人企業教育研究会の職員として教育の現場に携わる。自身の経験からいじめ対策に本腰を入れたいという願いのもと、NPO在職中にスタンドバイ株式会社を起業。千葉大学教育学部附属教員養成開発センター特別研究員、一般社団法人standbyyou代表理事。

画像提供/スタンドバイ