アナウンサーとしてNHKで30年以上活躍し、2023年9月に早期退職をした武内陶子さん。10月からは芸能事務所・サンミュージックに所属し、人生の第二章を歩み出しました。19歳長女と13歳の女の子の双子の母でもある武内さんに、子育てについて伺いました。(全4回中の1回)

今までの生活と違いすぎて出産後は引きこもりに

── NHKに入社したのは1991年ですが、ご結婚されたのはいつですか?

 

武内さん:入社して最初に愛媛県松山に配属され、そこで文化人類学者の夫と出会いました。夫は今まで会ったことのないタイプだったのが私には新鮮で、すぐに意気投合、つき合って2週間後には結婚しようという話に。母には入社して3年でまだ早いと最初は言われましたが、そこから1年ほどつき合い、私が大阪に転勤するのをきっかけに入籍しました。

 

そのため最初は別居婚で、週末に大阪から松山まで通っていましたね。金銭面や体力的にはきつかったですが、まだ子どもがいなかったので乗り越えられました。

 

週末婚をしながらアナウンサーとしてバリバリ働いていた
週末婚をしながらアナウンサーとしてバリバリ働いていた

── ご結婚されたのは29歳、最初のお子さんを出産されたのは39歳。10年ほどふたりで過ごされたのですね。

 

武内さん:結婚して3年後には東京に配属され、その頃から一緒に住むように。入社当時に先輩から「結婚も出産も仕事も諦めるな!」と言われたことがあり、当時はもちろんそのつもりでした。が、1997年から朝のニュース番組「NHKニュース おはよう日本」を担当していたので、とにかく忙しく…。タイミングを見ながら出産したいと思っていたのですが、妊娠って自分のタイミングでできるとは限らないんですよね。

 

ニュース番組「NHKニュース おはよう日本」放送中の武内さん
ニュース番組「NHKニュース おはよう日本」放送中の武内さん

その後、何年か不妊治療をしましたが仕事との両立は難しいと感じ、2002年に「NHKニュース おはよう日本」を降板。その翌年に紅白歌合戦の司会を担当したらその後すぐに、妊娠がわかりました。身体が落ち着くのを待って、やってきてくれたのかもしれません。

 

子育てで引きこもりのような状態に
子育てで引きこもりのような状態に

── それまで働きっぱなしだった生活から子育てへ。ギャップがすごかったのでは?

 

武内さん:39歳で長女を、45歳で次女と三女の双子を出産しました。長女を産むまで自分の好きなように生きてきましたし、子育てがこんなに大変だとは知らなかったので、最初の育児は本当に苦労しました。授乳で身体はしんどいのに、子どもがなぜ泣いているのかもわからない…。

 

それまで、私は「悩みがないのが悩み」だったんです。でも、子育てで初めて壁にぶつかりました。仕事をしていた頃の生活と、子育ての生活とのギャップに耐えられず、つねに神経質になりイライラが止まらない。その結果、引きこもりのようになってしまいました。

アメリカで学んだ「解決策はいらない」

── どのようにしてその状況を乗り越えたのですか?

 

武内さん:出産後に夫の転勤でアメリカに10か月ほど行くことになり、これが大きな転機になりましたね。

 

長女を連れて夫の海外転勤へ同行した
長女を連れて夫の海外転勤へ同行した

引っ越したばかりの頃は相変わらず引きこもっていたのですが、近くにいた日本人の知り合いが子育てサークルに誘ってくれたのです。サークルでは、集まった子育て中の母親に、ファシリテーターが「今週は子育てでどんなことがあった?」と投げかけるだけ。

 

ファシリテーターが発するのはそのひと言だけなのですが、それに対してみんなが「うちの子どもはバナナとアボカドしか食べない」「夜、ネントレの一環で泣かせっぱなしで寝かせていたら虐待と疑われて警察に通報された!」など、最近あったことを次々と話していくんです。ファシリテーターはアドバイスもしないし、ふんふん、とただ聞いているだけ。

 

アメリカの子育て文化は日本とまったく違います。アメリカでは独り寝の練習で泣かせたまま寝かす「クライアウト」をするのですが、日本にはそんな文化はありません。それに、日本の離乳食は、10倍粥などのおかゆを年齢に合わせて少しずつ粒を大きくしてあげるのが一般的。「バナナでいいんだ…アボカドもありなんだ…」と、衝撃的でした。

 

── それが効果的だった?

 

武内さん:みんなの悩みを聞くことで、「アメリカのママたちも悩んでいるんだ」、「悩んでいるのは自分だけではない」と知ることができましたし、子育ての悩みを誰かに打ち明ける、聞いてもらうだけでものすごく気が楽になりました。子育ての悩みを解決するのに、別に解決策はいらないんですよね。大切なのは、しんどいなと思ったときに誰かに話すことが大事、ということに気づくことができました。

 

子育てサークルでは子育ての発見がいっぱいあった
子育てサークルでは子育ての発見がいっぱいあった

── アメリカでたくさんのことを学んだんですね。

 

武内さん:アメリカは子育てに対してとてもおおらかな国だと思います。産後1か月は、周りの人たちが交代で夕ご飯を届けてくれるんです。手作りじゃなくても、買ったサラダでもOK。みんなが「元気?大丈夫?」と気にかけてくれる、温かい環境が当たり前なんですね。アメリカの社会は、つねに辛い人のことを考えていますし、本当に大変なところで、みんなを支える仕組みができている。アメリカの子育て法に救われましたね。

 

日本もそういう社会になってほしいので、自分が体験したことを社会に還元したいと思いながら仕事をしています。今まではアナウンサーとして人の話を聞く側でしたが、これからは発信もできる立場になったので、子育てでツラい思いをしている人の助けになるようなメッセージをたくさん伝えていきたいです。

 

PROFILE 武内陶子さん

1965年愛媛県出身。1991年にアナウンサーとしてNHKに入社し、「NHKニュースおはよう日本」や「お元気ですか日本列島」、「スタジオパークからこんにちは」の司会を担当。2003年には「第54回紅白歌合戦」総合司会も務めた。2023年9月末に同社を退社し、現在はアナウンサーに留まらず幅広い場で活躍する。

取材・文/酒井明子 画像提供/武内陶子