気象予報士の斉田季実治さん(48)の岐路にもなった、東日本大震災。気象キャスターとして、どう向き合えばいいのか。当時の葛藤と業界の未来について聞きました。(全3回中の2回)
「暖かくしてお休みください」と言えなかったあの日
── これまで気象キャスターとして活動してきたなかで、印象に残っていることはありますか?
斉田さん:東京で気象キャスターになって1年目に、東日本大震災が起きました。そのとき、東北は寒くて雪が降る予報。いつもなら「暖かくしてお休みください」とお伝えします。
でも、震災の日は寒いなか避難をしている方もたくさんいらっしゃいました。こうした状況のなかで、どんな言葉を伝えるべきか迷いました。気象情報とひと言で言っても、そのときの状況によって求められるものが異なると痛感しました。
2016年の熊本地震のときは、番組放送中に大きく揺れたんです。その日、ニュース内の気象コーナー自体はなくなったのですが、前月まで妻子が熊本に住んでいたので、息子が通っていた熊本の保育園のLINEグループに入ったままになっていたんですね。
熊本では、屋内にいるのが怖くて外に出ていた人がとても多かったようです。LINEグループからも多くの人が夜中に不安な思いをしているのが伝わってきました。余震がいつあるかわからないなか、屋外にいる人たちに安心してもらうには、どんな情報を伝えたらいいか考えました。
そこで、日の出の時間を伝えたらみなさんが喜んでくれました。ニュースを見ている方がどんな状況にいるのか、どんな情報を求めているのかをいつも考え、模索しています。
── 斉田さんは防災士などの資格も取得され、防災活動にも熱心だそうですね。
斉田さん:もともと気象キャスターになりたいと思ったのは、天気予報を伝えるのはもちろん、「災害を未然に防ぎ、命を守る活動」がしたかったからです。
とはいえ震災時などは、気象キャスターのできることは限られているとも感じました。台風や雷、竜巻、熱中症などは気象予報士が扱う内容ですが、火山や地震は範囲外です。
そこで、防災士や危機管理士の資格を取得し、気象情報をいかに防災に役立つ情報として生かせるかを学んでいます。防災のスペシャリストとしても活動を広げていきたいと考えています。
朝ドラ「おかえりモネ」の出演はたまたま…
── NHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」の気象考証も担当され、出演もされました。これはどんな経緯からでしょうか?
斉田さん:気象考証とは、劇中の気象現象に矛盾がないかをチェックするのが主な仕事です。新海誠監督の『天気の子』の気象監修をしたのが、友人で気象学者の荒木健太郎さんだったんです。ドラマや映画の気象に関わる仕事もあることを知り、もし機会があったら関わりたいと思っていました。
あるとき、連続テレビ小説のプロデューサーの方から「気象予報士の女の子を主人公とした企画があるので、協力してほしい」と、声をかけていただき、ドラマの気象考証を担当しました。
気象現象は、その季節や場所や時間によって起きることが異なります。だから、「おかえりモネ」は台本も全部私がチェックしました。「こういうテーマを取り上げるのはどうでしょう?」と私から提案することも多かったです。ドラマ内の新規事業審査会のシーンで、お笑い芸人のもう中学生さんがダンボールを使ってプレゼンする「宇宙天気」の話も、私が提案したものです。
──「おかえりモネ」ではドラマ出演もされていますね。
斉田さん:あれは本当にたまたまです。撮影の1週間前くらいに監督から「斉田さん、ドラマに出ませんか?」と声をかけられました。新規事業審査会の審査員として出演したのですが、急だったから台本上にはあのシーンはないんですよ。
ドラマでは気象キャスターの朝岡覚役を俳優の西島秀俊さんが演じていました。西島さんは、気象キャスター役としてふだんの私の様子を参考にされていたそうです。でも、私も西島さんの演技を観て「こういうところはマネをしてみよう」と、とても勉強になった面もありました。
気象予報士を「魅力ある仕事」にしていきたい
── 先ほど、「おかえりモネ」のお話のなかで「宇宙天気」について触れられましたが、宇宙天気とはなんでしょうか?
斉田さん:宇宙天気とは、私たちの社会に対して影響を及ぼす宇宙環境の変化のことです。太陽フレアなどによって、衛星やインフラに影響がでることがあるんです。文明進化型の災害といわれ、過去には、地域によって電力が使えなくなったケースもありました。位置情報にも作用しやすいです。
今後、ドローンで荷物を自動運搬することが一般的になったとき、宇宙天気の影響でドローンが墜落するおそれもあります。すでにNICT-情報通信研究機構で宇宙天気の情報は出されているのですが、それをどう活用していくかは、まだ検討段階です。
昨年、はじめて総務省で「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」が開かれました。大学の先生や衛星を使用する通信企業や電力企業の方などが参加。私もメンバーとして参加しています。宇宙天気を防災の情報のひとつとして、どのように伝えていくかについて関わっているんです。いずれは「宇宙天気予報士という資格もつくりましょう」と、提案しています。
── 気象キャスターのほかにも、防災やドラマの気象考証、宇宙天気など多方面でご活躍されていますね。ご自身ではこうした状況をどのようにとらえていますか?
斉田さん:私の姿を見て、気象予報士の仕事に興味を持つ人が増えたらとても嬉しいです。ただ、じつは気象業界の規模はあまり大きくありません。残念ながら、収入面でも恵まれているとは言いきれないことも。気象予報士の仕事に就いても数年で辞めてしまったり、別の仕事に就く人もいます。
私の目標は気象予報士が活躍する場をもっと広げることです。そのために、私がいろいろなことに挑戦し、「気象予報士はこんなこともできるんだ」と感じてもらえるモデルケースになるのが理想ですね。
PROFILE 斉田季実治さん
さいた きみはる。1975年生まれ。気象予報士、防災士、一級危機管理士、星空案内人、JLA認定ライフセーバー。株式会社ヒンメル・コンサルティング代表取締役。北海道大学在学中に気象予報士資格を取得。報道記者、民間の気象会社を経て2006年からNHKの気象キャスターに。現在はNHKニュースウオッチ9に出演。
取材・文/齋田多恵 写真提供/斉田季実治