数多くの名作を生みだした漫画家・手塚治虫さんの長女であり、手塚作品をもとにしたイベントのプロデュースや企画を手がける手塚るみ子さん。手塚作品の根底にある魅力や、キャラクターの二次創作への思いを聞きました。(全5回中の4回)

『ブラック・ジャック』が50年経っても読まれる訳

── 手塚作品が昭和、平成、令和と時代を超えて読まれ続けている理由は何だと思いますか?

 

るみ子さん:『ブラック・ジャック』に関して言えば、昭和に描かれた作品なので現在の医学の知識と比べると古いはずなんです。でもいまだに新しい読者、10代20代が読んでくれている。それはたぶん、単なる医療ドラマという緊張感だけでなく、人の生死にかかわる人間ドラマが面白いのだと思います。

 

手塚治虫文化祭『キチムシ』
10/27〜11/7に開催された『JACK‘N’KICHIMUSHI』は『ブラック・ジャック』連載開始50周年記念にあわせた「手塚治虫文化祭」(通称・キチムシ)のスピンオフ企画だったそう

── 医療を扱った人気漫画は、今もたくさんありますね。

 

るみ子さん:『ブラック・ジャック』は医療現場を描くよりも人情ドラマが主軸の作品です。結局、生き死における心の琴線というのは普遍的なのでしょうね。

 

また今では当たり前となったバディものとしても、ブラック・ジャックとピノコというコンビ、親子ほど年齢が離れたモグリの医師と少女の組み合わせは、他に類をみない斬新さがあります。ピノコが登場して面白さが増したのと、女性読者が増えました。その中にはブラック・ジャックとピノコとの関係性に憧れるファンの方も多いんです。

 

── 手塚作品は、魅力的なキャラクターも多いですよね。

 

るみ子さん:そうですね。『ブラック・ジャック』でいえば主人公は、大金を出さないと怪我も病気も治さないという、じつに非情な人物に見えますが、そこには社会悪や理不尽な世の中に対するアンチテーゼの意味がある。人の生死に対して、お金や権利を振りかざす相手にはものすごく冷酷な態度を取るけれど、本当に苦しんで悩んでいる人、人生に対して真剣に向き合ってる人には、迷わず手を差し伸べる。そこが読者の共感を得る部分なんじゃないかと思います。

 

── 今は電子書籍が普及して、紙の本を読む人は減っていますが、それに対して思うことはありますか?

 

るみ子さん:娯楽が増えて本が読まれなくなったと言われていますが、数字上ではいまだに、たくさんの若い方が電子書籍で手塚作品を読んでくれています。特に『ブラック・ジャック』は一番の人気作ですね。“ファースト手塚”として『ブラック・ジャック』を読む若い世代にとっては、本屋に行って単行本を手に取るよりは、電子書籍が身近で手軽なんでしょう。電子書籍がこれだけ広まったことが、次世代に読んでもらう強力なきっかけになっていると思います。

 

── 媒体が変わっても読み継がれているのですね。

 

るみ子さん:父が亡くなったときに一番心配だったのが、作品が風化していくこと。亡くなった作家の作品は誰も読まなくなって、新しい漫画が出てくれば古い作品は見捨てられてゆく…それは誰よりも父自身が心配していたことでした。

 

でも電子書籍なら、読みたいときにワンクリックで買えますよね。父が亡くなってから34年経ちますが、いまだに出版社の方が増刷や電子契約もしてくださっているのは、本当にありがたいことです。

『私のアトム展』がきっかけで広がった二次創作

── るみ子さんが最初に企画されたのは1993年の『私のアトム展』でした。反響はいかがでしたか?

 

るみ子さん:『私のアトム展』は、「若い世代にアトムを知ってもらいたい」「鉄腕アトムに描かれた本質を思い出してもらいたい」という思いから始まっています。まだコラボレーションという取り組みがほとんどなかった時代に、漫画家やイラストレーターだけでなく造形作家やミュージシャンまで、幅広くアーティストに参加してもらいました。今を生きるアーティストの中に“手塚治虫魂”や、遺伝子があると知ったことがきっかけで、その後いろいろな作家さんとコラボレーションするようになっていきました。

 

手塚るみ子さん
1993年、「私のアトム展」を手がけた際の一枚

── つい最近も、『手塚治虫文化祭』(通称・キチムシ)が開催されたそうですね。これはどういった経緯で始まったのですか?

 

るみ子さん:『キチムシ』は、数々やってきたコラボレーションの一環ですが、吉祥寺という漫画やアニメに縁の深い街で、知り合いの作家の方々と「手塚治虫で遊びましょう」っていうのがコンセプトのイベントです。もとはワンフェスやデザフェスといった、さまざまな作家によるマーケットフェスに触発されて始めました。

 

文化祭と名乗っているように、各クリエイターによる模擬店が所狭しと並び、一般流通していない独自のコラボ作品が買える。ただ展示を見て終わるのではなく、作家とコミュニケーションできるイベントになっています。2018年にいったん終了したのですが、今年は『ブラック・ジャック』連載開始50周年を記念して、スピンオフで【JACK'N' KICHIMUSHI】を開催しました。

 

手塚治虫文化祭『キチムシ』
大盛況のうちに閉幕した今年の『キチムシ』

── 手塚作品のキャラクターを使った二次創作についても許容されているのですね。手塚作品のタッチをまねた作風の田中圭一先生とは交流もあるそうですが。

 

るみ子さん:田中先生とは、『COMIC CUE』(イースト・プレス)で手塚治虫特集をするにあたって編集担当の方から紹介されて知り合いました。

 

とても優れた作家さんで、手塚作品を非常によく勉強されていて。手塚タッチで作品を描くというのも、手塚の絵柄が時代遅れだと消えていってしまうのが実にもったいないと思ったからだそうで。あんなに完成された線や画風を、誰も継承しないなんてと。そこで一生懸命あのタッチを習得されたんです。だけど元来ギャグ漫画家なので、パロディーを盛り込んで面白く仕上げている。“懐かしい手塚ラインだね”って言われながらも、絶対に手塚治虫が描かないような作品を描いている。そこが持ち味なんだと思います。

 

── 二次創作でも、きちんと作家性がある作品なのですね。

 

るみ子さん:彼はただ面白がっているだけではなく、きちんと勉強している。そのリスペクト精神が伝わることから認めています。世の中には単なる悪ふざけや便乗で二次創作をやっている人もいる。何のリスペクトや努力もしないで著作権侵害になるような作品は、やはり放置はできません。原作者にリスペクトの気持ちがあるか、配慮しているか、優れた作家性を発揮しているか、そういった部分はつねに意識してみています。

 

手塚るみ子さん
2017年に開催された『キチムシ』での一枚

── 手塚先生のキャラクターは、今も多くのファンの方によって描かれていますよね。

 

るみ子さん:手塚の命日である2月9日や、誕生日の11月3日はファンの方が”ファンアート“を多数投稿してくださいます。そういうことが自然発生的に起きるのってやっぱりありがたいし、大切にしていきたいんです。

 

「手塚先生の本を読んで育って、絵の道に進んだ」という人や、「こんな絵を楽しんでいます」っていうファンの方の気持ちは大切にしたいです。つのがいさん(手塚プロダクション公式イラストレーター)のような、ファンアートから始まって話題になり、仕事に繋がっていった方もいます。そういった方々のおかげで「手塚治虫の漫画にはまだまだ余白がある」って世間にも見てもらえたんじゃないかなと思います。

 

PROFILE 手塚るみ子さん

プランニングプロデューサー、手塚プロダクション取締役、父は漫画家の手塚治虫、兄はヴィジュアリストの手塚眞。夫は漫画家の桐木憲一。大学卒業後、広告代理店に入社。企画・制作に携わった後、独立。手塚作品をもとにした企画やイベントのプロデュースを手がける。

 

取材・文/池守りぜね 写真提供/手塚るみ子 撮影/CHANTO WEB NEWS