昨年春に現役を引退したスピードスケート女子の五輪金メダリスト・高木菜那さん。セカンドキャリアを歩みながら考えている「自分の道」とは。競技者としてさまざまな選択をしてきた彼女ならではの言葉が力強く響きます。(全5回中の5回)
自分の道を選択するのに大切なこと
── 引退したアスリートが社会に出るときはもちろん、働く誰しもが新たなキャリアに進むときに、期待とともに不安や迷いを抱えているかと思います。新たな一歩を踏み出すときにはどんな気持ちを持つことが大切だと思いますか?
高木さん:自分の道っていうのは、親や他人が決めるものではなくて、みずから決めて進んでいくものだと思うんです。「あの人にこう言われたから」と言う人もいるかと思いますが、それを決断しているのって自分自身ですし、だからこそ後悔しない道を歩んでいきたいと思っていて。
たとえその道が失敗だったとしても、それって踏み出さなきゃそれが正しいのか、どれが自分に合っているのかはわからないと思うんです。たとえば転職に悩まれている方はいろんな不安を抱えているかと思いますが、新しい仕事に就いて成功するかも、逆にこのままの仕事を続けて幸せになれるかも誰にもわからないことなので。私は自分の心にどうしたいのか聞いて、その気持ちに向き合って道を歩んでいきたいと思っています。
もちろん新しい道が「やっぱり違うな」って思ったら方向転換すればいい。ただ、成功するにしても失敗するにしても「自分がその道を歩んでよかったな」と思えるのって、どれだけ努力できたか、想いを込めて歩んでこられたかがすごく大きいはずなんですよね。自分で進むと決めた道なら、1回や2回の失敗であきらめるのではなく、理想に向かって頑張ってほしいなって思います。
「人を幸せにしてくれるものって結果ではなく過程」
── これまでのスピードスケート人生でさまざまな選択を重ね、多くの壁を乗り越えてきた菜那さんだからこそのメッセージだと受け止めました。
高木さん:自分が決めた道に進むことに対して、責任や覚悟はすごくのしかかってくると思いますし、それをちゃんと持っておかないと苦しいことや上手くいかないことのほうが多いと思います。ただ、私はこれまでのスケート人生で悔しいことや苦い経験はあっても、「やらなきゃよかった」と思うことはひとつもありません。
たとえば世間的には平昌五輪は成功で、北京五輪は失敗だったかもしれませんが、北京までの4年間はかけがえのない時間だったし、全力で向き合ってよかったと思える時間でした。人を幸せにしてくれるものって、結果ではなく過程なのかなって。皆さんにも自分で歩んでいく道の“過程”を大切にしてほしいなと思っています。
アスリートのセカンドキャリアの幅を広げたい
── 菜那さん自身が新たに取り組んでみたいことはありますか?
高木さん:私は本当にありがたいことに、競技引退後もこうして仕事をもらっていますが、アスリートがセカンドキャリアについて考えたとき、知っている仕事や業種というのはかなり限られていると思うんです。でも、世界にはもっとできること、やれることが溢れていて、それを知ることができる機会をつくっておく必要があるのかなと。
現役中はいろんなものを犠牲にしながら競技に向き合い、トレーニングを重ねているので、そういうことに時間を割くのは難しい面はあります。でも、競技に集中していても考えられる時間はゼロではないと思うので、現役中でもそこに目を向けておくべきだなって思います。
具体的な行動に移さなくとも、こんな仕事があって、こういうことが自分には向いているんじゃないかというのを考えておくだけで、歩き出せる道ってすごく広がるのかなと思うので、いろんなアスリートたちにそうした考えを伝えていけたらなと考えています。
PROFILE 高木菜那さん
1992年生まれ、北海道幕別町出身。7歳から兄の影響でスピードスケートを始めた。高校卒業後は実業団チームに所属、14年ソチ五輪で日本代表に初選出された。18年平昌五輪では、女子団体パシュートで妹・美帆らとオリンピックレコードを記録、新採用のマススタートと合わせて、日本女子史上初の五輪同一大会での2冠に輝いた。22年北京五輪では女子団体パシュートで銀メダルを獲得。同年4月に現役引退。現在はテレビやラジオに出演するほか、各地の講演会に登壇するなど多方面で活躍している。
取材・文/荘司結有 画像提供/高木菜那