「かっこいい靴、履いてるやん!」。そう声をかけると、難病を患う次男の表情が明るくなって──。息子のためを思い、足が不自由な人専用の靴屋を開業した主婦・川添泰世さんの日々を聞きました。(全2回中の2回)

 

親子の愛情がつまった素敵な抱擁シーン

補装具をつけたら「靴選び」を楽しめない現実

歩行困難な人が足を支える補装具の上に履く靴を、オーバーシューズと呼びます。主婦だった川添さんは、2020年にそのオーダー製作専門の靴屋を開業。

 

きっかけは、先天性の結節性硬化症を患う次男・アンリさんのために補装具の上から履けるオーバーシューズを探したところ、色もデザインも限られている現状に疑問をもったこと。アンリさんの難病は、身体のいろんな箇所に腫瘍ができたり、発達の遅れ、歩行困難やてんかんの発作をともないます。

 

「いままで息子はカラフルでおしゃれな靴を履いていたのに、障がいをもったら靴選びという当たり前のことさえできなくなってショックを受けました。歩行が困難な障がいのある子どもを育てる人たちも、同じ思いを抱えているはず。

 

たくさんの色やデザインから靴を選べるようになれば、欲しい人はいるに違いないと思い、3年前に主婦から靴屋になりました。もともと計画を立てて始めるというよりも、息子ありきの靴作りから出発。親の気持ちで開業に突っ走ってます(笑)」

 

立ち上げたブランド名は「MAKEMAKE IPPAI(マケマケイッパイ)」。川添さんの出身地・高知県の方言で「あふれるほどいっぱい」を意味します。

 

「靴を選ぶときにワクワクしてもらいたくて、私と職人のあふれるほどの思いをこめました。京都市内の町家にある工房兼店舗で、お客様の相談に2時間くらいかけて対応しています。足の計測以外にもその方の生活スタイルを聞いたり、たくさんおしゃべりして、時間をかけてデザインや色を選んでもらいます」

 

利用者から、「(子どもに)明るい色の靴を履かせてあげられてうれしい」「親子で靴を選ぶ時間が楽しかった」と言われると、励みになるそう。

 

主婦からいきなり靴屋を始めるのは大きなチャレンジでしたが、川添さんに迷いはありませんでした。彼女の情熱を後押ししたのは、剣道の元日本チャンピオンである両親の言葉です。

 

「『何か決めたら、まずやってみないと結果は出ないし、努力して何とかなるものでもない。そのときそのときで勝負が決まるから、思ったことをまずやる』という教えが、開業の励みになったのかもしれません。

 

亡き父は生前、勝負師として『1秒あったら逆転できる』とよく言っていました。人生は本当に1秒で変わり、自分の行動と発言次第で、どんな人に会えるかも変わります。障がいがあってもおしゃれを楽しみたいという思いを形にして、いまにつながり、嬉しいしすごく不思議な気持ちです」

てんかんのある子どもを育てながら靴作りも全力

しかし、思いはあっても最初から順風満帆とはいきません。障がいや年齢の程度によって個々の足の状態が異なるため、基本の靴型を作るまで1年近く試行錯誤が続きました。

 

「補装具は歩行を支えると同時に、足の変形を防ぐ役割も果たします。靴を履く部分が湾曲している人もいて、一般の靴に比べて幅広の靴が必要になります。さらに補装具の底が硬くて曲がりにくい構造のなか、スムーズに着脱するためにどんなデザインがよいか…。結局、甲の部分を広く全開できる形にいきつきました。

 

また、足になじむよう本革で作っていますが、着脱時に補装具で踏んでかかとがつぶれても困るから、かかと部分やつま先は踏んでもつぶれないよう、素材を重ねるなどしっかりした作りにしています」

 

最初に息子さんのオーバーシューズを製作した職人を含め、現在2名の職人とともにオーバーシューズを作る川添さん。

 

「職人さんが障がいの状況などをこまかく理解してくれているからやってこられました。縫い目ひとつでもだいぶ靴の長さが変わり、足にあたる・あたらないなど、履き心地に関わります。

 

職人さんのひと針は、足へのなじみやすさやデザインに大きく影響するんです。カラフルでおしゃれであることに加えて、安全性を重視した靴作りができるのは本当に職人さんのおかげ」

 

靴は1足2万3000円から。サイズは13〜27センチまで対応。本体やベルトなど6つのパーツがあり、色は20色から選択。注文者の足の形状にあわせて、ベルトの長さや靴の高さも調整できます。補装具は購入補助が出ますが、オーバーシューズは全額自費で購入するため、ひんぱんにオーダーする方は少ないそう。

 

「でも、誕生日のお祝いなどに買い求めてくださる方もいます。子どもと一緒にどんな色にする?と選んでいる時間も思い出になるみたいです。私と同じ思いをした人がいる、と信じて作っているので、問い合わせがあると嬉しくて、どんどん話をしちゃう(笑)」

 

開業後の新規顧客を獲得する手段はおもに利用者からの口コミ。もっと広めたい気持ちもあるものの、川添さんは難病の息子を見守る母でもあります。

 

「靴を作るのは好きなんですが、売るのはまだまだで(笑)。もっと努力しないといけないとわかっていますが、いまは子どもが学校やデイサービスに行っている間、なんとか時間を作ってやりくりしています。

 

息子はてんかんの発作がいつ起きるかわかりません。発作が起きると、店をしめて息子につきっきりに。店舗から家までは走ったら5分、何かあればすぐかけつけられる体制でやっています」

靴選びを親子がくつろげる時間にしてあげたい

開業前、はじめてオーダーメイドの靴を依頼したオーバーシューズを、アンリさんに履かせたときの気持ちを川添さんは忘れません。

 

「気持ちがパーっと明るくなりました。息子は話すことはできないのですが、『かっこいいやん!』とほめると、嬉しそうな表情になったんです。

 

お客さんも同じことをおっしゃいます。靴選びをとおして『ひさしぶりにワクワクしながら、子どもに集中して向き合える時間を持てた』って。ふだんは、介助や世話、発作の心配などで心に余裕がないときも多いかもしれませんが、靴選びの間はゆっくりお子さんと向き合ってもらいたいですね」

 

川添さんの活動が高知新聞にとりあげられたことで、予想外の顧客が訪れたことも。補装具を使う人たちだけでなく、病後の身体の変化に不自由を感じる人たちに必要とされたのです。

 

「抗がん剤治療で足がむくんで、いままでの靴が履きづらいと話す高齢のお客さんが増えました。この方たちは、すぐにリピートして冠婚葬祭などシーンにあわせた靴などを購入されます。病気になる前と同じように用途で使い分けされるんです」

 

現在はオーバーシューズだけでなく、補装具をつけたままでも着脱しやすいズボンも販売。

 

すそが開けやすくて補装具をつけたまま楽に着脱できるズボンも開発

「補装具をつけているとズボンの着脱時に器具にひっかかったりするため、つど補装具を外す手間が発生します。そこで、すそを広めにしてスリットを入れるなど、ちょっとした工夫をしました。

 

これまで障がいがあると、そうした不自由さを見過ごして我慢しがちです。息子はてんかんの発作で倒れやすいので、支えられるようベルトをとりつけたりして、安全面でも工夫しています。

 

オーバーシューズと同じように、おしゃれにもこだわっています。私はデニム生地が好きなので、ズボンにはデニムを使ったり。ほかには冠婚葬祭にもOKなフォーマルな生地を使った商品も好評です」

 

このほか、川添さんが取材中に見せてくれたのが、ポップな水玉模様がかわいい手帳ケース。

 

「このピンク、かわいいデザインを見てください!障がい者手帳などが一式入ります。病院の待ち時間に取り出しても、これ見たら気持ちが一瞬で明るくなりませんか?」

 

障がいや病気があっても、カラフルでおしゃれなものを選びたい。本人や家族が使いやすく、明るい気持ちになれるものを、もっと多くの人たちに届けたい。新しい世界に気づかせてくれた息子の成長を見守りながら、川添さんの探求は続きます。

 

PROFILE 川添泰世さん

高知県出身。Trade Earth Japan代表。2020年、補装具の上に履くオーバーシューズのセミオーダーブランドMAKEMAKE IPPAI(マケマケイッパイ)を立ち上げた。夫、3人の子どもと京都市在住。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/川添泰世