物心がつく前に父・尾崎豊さんを亡くした尾崎裕哉さん。残された曲、父を知る人たち。そんなかけらを集めながら、息子は父と対話をしていったといいます。(全3回中の2回)

 

血は争えない!幼少期からギターを抱えて歌う尾崎裕哉さん

家の中で父の曲が流れていなかった訳

── 2歳のときに父・豊さんが亡くなりましたが、記憶に残っていることはありますか?

 

尾崎さん:直接の記憶はないんです。母もとくに父について語ることはなくて。避けていたというより、日々を過ごすほうに注力していたような。週末に何をするか決めるほうが優先(笑)。母も僕もけっこう忙しくしていましたから。

 

── では、家で豊さんの歌声が流れていたことは?

 

尾崎さん:10歳くらいからは自分の意志で聴くようになりました。それまでは、たまたま流れているのを聞いて、「いい歌だなぁ」と思ったくらいです。母の車でもほとんど父の曲は流れず、だいたいが母の好きなマドンナや宇多田ヒカルさん。

 

おそらく、母は特別なときに聴きたかったんでしょうね。亡くなった人なので、思い出すのもつらかったのかもしれません。いずれにしても父の曲は日常的に聴く存在ではありませんでした。

お墓参りのたびに知る「父」という人間

── 母親からは「あなたが何をしても 、尾崎豊の息子だと言われる」と育てられたそうですが、父親を意識しだしたのは?

 

尾崎さん:早い時期から父のことをすごく意識していたかというと、そうではないです。意識するのは、まわりが意識したり、話題に出したりするからですよね。

 

僕には父の記憶がないし、家庭内でも毎日話題になるわけではなかったので、後から父を知る人たちに「こんな人だった」と話を聞くなど、父の書いた小説や楽曲をとおしてどんな人だったかを探りました。僕が大きくなって、父のプロデューサーだった須藤晃氏と話したりして、「父親ってこういう世界で働いていたんだ」と実感がわいたんです。

 

── まわりの人たちとお父さんの思い出をふりかえる機会は?

 

尾崎さん:毎年のお墓参りのとき、父の音楽を聴きますし、祖父や伯父たちから父の話を聞きました。亡くなった曽祖父が父にあてた詩を読んでくれたり、父のあのライブはすごかったとみんなが語り合ったり…。尾崎豊という人間を感じられる瞬間でした。

父の音楽には生きる上でのメッセージがつまっている

── お墓に刻まれた言葉は「生きること、それは日々を告白してゆくことだろう」だそうですね。ご自身が豊さんの曲と向き合いはじめたのはいつごろでしょうか?

 

尾崎さん:尾崎豊のCDは家にあったんですよ。小学校高学年のころが一番聴いていたかな。でも10歳くらいだと、シングルやアルバムという仕組みが理解できませんでした。

 

デビュー作、ベスト盤って何?みたいな感じで、何から聴けばよいかわからない。とりあえず手あたり次第に聴いていきました。なんか聴いたことある曲もあれば、これは初めて聴くなぁという曲もあって、そうしているうちに惹きつけられていったんです、尾崎豊に。

 

10歳のころの尾崎さんは外国で寮生活をしていた

── そのころはとくに感受性豊かな時期ですよね。肉親の作品だと、聴きながら照れたりする部分はありませんでしたか?

 

尾崎さん:いえ、ひとりのアーティストとして純粋にいいなぁ、と。気恥ずかしさとは逆で、ちゃんと聴かなきゃという気持ちでした。やはり、尾崎豊はすごい人だっていう話をずっとたくさん聴いていたので、楽曲をとおして本当にかっこいい人間なんだなと実感しました。

 

父はどんなかっこよさを持っていたんだろう、どういうことを大事にしていたんだろうと、すごく知りたくて、父が伝えるメッセージを拾うように聴いていました。幸いにも、父の楽曲はすべて、伝えたいことやメッセージがはっきりしているので良かったです。

 

── 裕哉さんをそこまで夢中にさせたのは?

 

尾崎さん:音楽として心地いいだけの楽曲だったら、おそらくそこまではまらなかったんじゃないかな。父の楽曲には、人間が生きるうえで大事なことが詰まっているような気になっちゃうんですよ。

 

僕は当時10歳くらいだったので、愛や恋も知らない。でも尾崎豊が、愛することについて「愛があれば幸せになる」「なくしたものを埋められる」というふうに歌っている。これは大切なんだと勝手に考えたりしてました。こんなふうに、ある種の想像力をはたらかせて尾崎豊の楽曲を聴いてましたね。

 

── 楽曲をとおして、アーティストとしての、父親としての豊さんと向き合ったんですね。

 

尾崎さん:話をしたことのない父親と、対話している気になれたのは、楽曲のおかげです。それも自分で曲を書き、言葉を扱うアーティストだったからこそ。父は本や小説も書いてますから。

 

他の人が尾崎豊の生涯について書いたものも読みました。父の歌を聴き、本を読みながら、父が残したかったものは何なのか、やり残したことは何だろうと考えるようになりました。そうするなかで、やはり僕も歌いたい気持ちが芽生えていったんです。

 

PROFILE 尾崎裕哉さん

1989年東京都生まれ。父はシンガーソングライターの尾崎豊。5歳からの10年間をアメリカ・ボストンで過ごす。慶應義塾大学大学院卒。2016年、TBSテレビ系「音楽の日」で初のテレビ生出演、『始まりの街』でメジャーデビュー。2023年10月からは、全国11か所を巡る弾き語りワンマンツアー「ONE MAN STAND 2023 AUTUMN」スタート。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ