2018年から3年間、専業主夫として家庭に入ったカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)の代表取締役・高橋誉則さん。生活者として新しい気づきや働き方のヒントを得たといいます。(全3回中の3回)

 

ダウン症の長女のサポートをするため仕事を辞めて主夫業に専念していた3年間「ふたりの子どもとの充実した時間だった」

セルフレジは生活者にとって便利なのか?

── 3年間の専業主夫を通じて、気づいたことや感じたことはありますか?

 

高橋さん:買い物に行くだけでもたくさんの発見がありました。僕が主夫になりたての時期は、平日の昼間にスーパーに行くと、有人レジばかりだったんです。しばらくして半セルフレジが登場したと思ったら、いつの間にかセルフレジがずらりと並ぶように。

 

慣れないうちはやっぱり手こずるんです。高齢者のお客様はもっと悪戦苦闘され、店員がつきっきりでサポートしていました。生活がどんどん変化していくさまや、新しいものに対するお客様のとまどいを肌で感じました。

 

── それはたしかに、買い物が日課になっていないと体感できないことかもしれません。

 

高橋さん:毎日、通勤していたころはスーパーも週末に行く程度でした。ずっとその生活を続けていたら「セルフレジは少し使いにくいけど、そのうち慣れるだろう」程度の感想しか抱かなかったはずです。

 

お客様のお手伝いをするために、現場には以前より負担がかかっていることにも気づかなかったでしょう。その状態で会議室にこもり「もっとセルフレジを導入し、効率化を図りましょう」などと話し合っていたと思います。

 

主夫生活を経て、料理もすっかり得意に

主夫を経験して、生活者目線が足りない状況では困ると考えるようになりました。僕たちは、TSUTAYAやTポイントなど、生活に根ざしたサービスを提供しています。それなのに、生活者としての実感がないまま働いていては、本当にお客様が求めているものに応えられないかもしれません。会社員として働いていても、もっと日々の生活を大切にすることで、仕事にもいい影響がでるのではないかと思います。

 

いまお伝えしたことは、当たり前のことかもしれません。でも、会社員だけをしていたら、こういう実感は得られなかったと思います。ある意味で自分は視野が狭かったんです。主夫生活でガラリと物の見方が変わりましたね。僕にとっては、目からうろこが落ちるような経験でした。

障がい児支援の行政や団体は分断されていると知った

── 高橋さんが主夫になったのは、ダウン症の娘さんのお世話をするためだと聞きました。この経験から感じたことはありますか?

 

高橋さん:本当にたくさんの方が、娘に関わってくれていることにあらためて気づきました。地域や学校、保育園はもちろん、支援してくれるボランティアの方々、病院の人たちなど、多様なコミュニティの人たちと接点を持てました。皆さん、とても親身になってくれて、本当にありがたかったです。

 

とはいえ、困ったこともありました。それぞれの組織同士のつながりがなく、分断されているんです。何かの手続きをする際も、紙の書類を提出するのですが、組織によってフォーマットが異なります。提出する場所ごとに、同じ内容を別の書式で書かないといけません。

 

子どもの情報も共有されていないので、親が中心となり、それぞれに伝えていかないといけない。行政サービスなどの情報も、親が積極的に探さないとなかなか見つけられません。こうしたことは、誰かが変えていかないといけない部分だと感じました。

 

── 実際に経験されたからこそ気づくことだと思います。

 

高橋さん:本当にそう思います。娘の存在は、働き方について考えるきっかけにもなりました。僕たち夫婦は、娘に資産を残してあげたいと思っています。でも、現金を残しても相続税がかかるなどの問題があります。そこで、主夫になったときに個人で法人を立ち上げました。

 

以前は委任契約役員だったので、役員を辞めたらまったくの無職でした。ありがたいことに、家庭に入ってからは会社が顧問契約をしてくれて、ときどき仕事をさせてもらえたんです。その収入を法人の売り上げとしていました。法人化することで、相続対策にもなるし、将来、法人ごと娘に残してあげたり、法人で雇用できたりするだろうと考えています。

 

ダウン症の長女のおかげで学ぶことも多かった

3年間の主夫生活に区切りをつけ、会社に戻らせてもらった際は、自分の法人があるため、業務委託契約にしてもらいました。復職後2年目からは会社の代表権を持ったので税務上の問題がでないよう、委任契約を結んでいます。

 

もし正社員として働いていたら、こうした柔軟な対応はできなかったと思いますし、「娘に資産を残したい」思いを実現するための行動も難しかったかもしれません。そもそも、主夫の道も選べなかったでしょう。正社員という働き方は、雇用が守られている一方で、自分の好きな生き方を選びにくく、選択肢が狭まりがちだと感じました。

社会の多様性の前に「働き方を自由」にしていきたい

── さまざまな経験を経た高橋さんは、社員に対しての働き方についてどう考えていますか?

 

高橋さん:人にはそれぞれの事情や人生があります。だから、働き手が希望する雇用形態や働き方を受け入れていきたいと思うようになりました。もっと自分の力を試したいと思う人は、正社員の枠にとらわれず、どんどん挑戦したらいいと思います。ダブルワーク、トリプルワークに取り組むのもいいですね。視野が広がるはずです。

 

もし、やりたいことがあるのに、正社員という立場が足かせになる場合は、もっと自由な立場を選択してほしいです。会社としても、働き手が希望する雇用形態を選択できるよう、要望に応えていきたいです。

 

もちろん、正社員の安定した立場を求める人がいるのも当然だと思いますし、正社員として会社の仕事だけに集中したい人も応援します。会社が雇用形態を定めるのではなく、働き手側が、自分に合った働き方を選べるようにしていきたいです。

 

世の中では多様性が求められてきています。もし、企業が社員の多様性を認めなければ、社会でどんなサービスが求められているのかもわからないはずです。働く人が自分らしい人生を選び、好きなことができるよう、会社も柔軟に対応していきたいです。

 

PROFILE 高橋誉則さん

1997年にCCC新卒入社後、FC事業本部で人事リーダー職を経て、2006年に株式会社CCCキャスティング代表取締役社長に就任。2023年4月よりCCC代表取締役社長兼COO兼CHRO。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社