遠足の行き先って、誰が、どうやって決めているの?そんな疑問を、昨年まで10年間、公立の小学校校長を務めていた田畑栄一さんに伺いました。

遠足は遊びに行く「レクリエーション行事」ではない

── 小学校では、遠足の行き先をどのように決めていますか?

 

田畑さん:遠足の行き先は、企画会議にて各学年の教員から行き先を提案してもらい、学校長が最終的な判断・許可を出します。予算で悩んだ場合はPTAの方たちに相談して、保護者の意見を聞くことも。教育委員会には市内の場合は「届」で、市外は「願い」をそれぞれ20日前までに提出するルールがあります。

 

── 学習指導要領には「自然や文化に親しむ」「集団への所属感や連帯感を深める」などの遠足の目的が書かれていますが、それらを網羅する行き先はどのように選んでいますか。

 

田畑さん:すべて網羅できなかったとしても、そのうちいくつかが該当する場所を探します。遠足は遊びに行くだけのレクリエーションではないので、「理科的な要素を含む水族館に行こう」「文化的な学びを得られる資料館へ行こう」といった具合に、「狙い」をもって決めます。

 

また、ふだんの学習と連動している場合も。たとえば2年生の国語の授業で、『どうぶつ園のじゅうい』(光村図書)を学んだ際は、「子どもたちに実際に動物を見せてあげたい」と、遠足の行き先を市外の動物園に決定しました。

 

── 教育委員会からの提案はあるのでしょうか。

 

田畑さん:はい。教育委員会から「この施設を見学してほしい」と提案されることがありますが、行くか行かないかは学校長が判断します。多少の圧を感じることはありますが(笑)、行かない選択をして何か言われるようであれば、それは越権行為です。

 

子どもたちの興味とズレていると判断すれば行きませんし、行く価値があると思えば先生たちに推薦して合意をとります。

遠足の行く先が「近所の公園」はありなのか?

──「遠足の行き先が近所の公園だった」という声があります。子どもや保護者から不満の声が上がったそうですが、なぜ学校によって差が生まれてしまうのでしょうか。

 

田畑さん:この場合、行き先に問題があるのではありません。学校が保護者に、遠足の狙いを伝えていないことに問題があると思います。教育は学校側が設定する「狙い」がすべてですから、大切なのは「行く場所」ではなく「狙いに沿って何をやるか」です。

 

近所の公園だとしても、「日頃行ける場所でも、集団で遊ぶとこんな楽しみ方ができる」「みんなで運動して、日頃の運動不足やストレスを解消する」などと目的や活動内容を説明していれば、反発はそこまで起きないと思いますよ。

 

ただ「近所の公園に行きます」では、子どもや保護者からしたらつまらないじゃないですか?遠足に抱くイメージは人それぞれ違うから、反発が出るのだとしたら、狙いの不明瞭さや伝達の方法に課題があるのだと思います。

 

── 私立の小学校では遠足の行き先を子どもたち自身で決める場合もあるそうですが、公立校でもそれは可能なのでしょうか。

 

田畑さん:もちろん可能です。公立か私立かは関係なくて、もっとも理想的な形だと思います。行き先をイチから決めるのが難しければ3択にして子どもに選んでもらったり、コースを自分たちで決めてもらうこともあります。

 

班別行動やレクリエーションの有無など、遠足の内容を自分たちで話し合って決めることで、子どもたちも納得するし喜びを感じるんです。

 

民主主義を教えるには、話し合いによって行事をつくっていくことが大切。しかし、現在の学校教育ではそれがおろそかにされています。先生を中心にした教育で、子どもが「騒がないこと」、「集団の規律」が重要視されていますが、いまはそんな時代ではありません。これからの時代、話し合いながら、折り合いをつけることの価値を学ぶ必要があります。

修学旅行を実施するためには85%の参加率が必要に

── 修学旅行も同様に、学校長の判断で行き先が決まるのでしょうか。

 

田畑さん:その通りです。修学旅行は都道府県ごとに予算や日数、実施学年を定めた『国内修学旅行実施基準概要』という規定があるので、この基準と照らし合わせて行き先を決定します。旅行会社からの提案があれば、見積もりをとって価格を比較し採用することも。

 

行き先が決定したら、担当教員や管理職が下見に行きます。ルートや宿泊場所などを見たり、必要な場合は旅館の方と打ち合わせしたり。事故は絶対にあってはならないので、下見は欠かせません。ちなみに、修学旅行等は参加率が85%を超えなければ実施できません。

 

── 修学旅行は子どもたちにとって、もっとも楽しみな行事のひとつかと思います。85パーセントの参加率を下回ることはありましたか?

 

田畑さん:コロナ禍で修学旅行を実施したとき、85%くらいの参加率でしたが、「みんなが行くなら」と、迷っていた子どもたちも全員参加希望になりました。当日朝、ひとりだけ家族の発熱で不参加となりました。

 

日本のほとんどの学校は修学旅行を中止にしていましたが、前任校では時期を9月から翌年3月(15、16日)にずらして決行しました。日本で最終の修学旅行だと思います。

 

教育委員会や保護者とも、熱が出た場合の対応などを事前に打ち合わせをして出発しましたが、コロナ陽性者を出すことなく無事帰ってこられました。

 

後日、保護者から「みんなと旅行に行けた娘が、見たことないほど泣いて喜んでいた。この学校に通っていてよかった」と手紙をもらったときは、中止にしなくてよかったと心から思いましたね。腹をくくって連れていきましたから。

 

── 子どもたちにとって修学旅行がかけがえのない経験になるとわかる素敵なエピソードです。遠足や修学旅行で、子どもたちにどんなことを得てほしいですか?

 

田畑さん:コロナ禍1年目でしたがマスクをして、修学旅行の夜に「教育漫才大会」を開催して大笑いしたことが忘れられないです。また、小川和紙で有名な埼玉県の小川町に遠足に行って、和紙について学びました。「こうして紙が作られるんだ」と知った経験が日常生活に結びついたり、「職人さんが伝統を受け継いでいる」と地元愛を感じてくれたり、そういった感想を子どもたちから聞くと、「狙い」の学びを得てくれてうれしくなります。

 

あとは友達同士、仲を深めてもらうこと。遠足や修学旅行は特別活動に位置づけられており、集団で活動する喜びを感じてもらうことが本来の目的ですから。遠足から帰ってきてバス降りて開口一番、「楽しかった!」「面白かった!」と話す子どもたちを見るのが一番ですね。

 

PROFILE 田畑 栄一さん

元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。

 

取材・文/白石果林