組体操などのない安全なプログラムが組まれ、午前で終わる運動会。近年、小学校の運動会の形が変わりつつあります。運動会は誰の判断で開催し、プログラムはどのように決まるのか。今春まで小学校の校長を10年務めた田畑栄一さんにお聞きしました。

運動会は「学習指導要領」で定義されているわけではない

── 運動会の開催や方向性は、学習指導要領で定められているのでしょうか?

 

田畑さん:運動会は学校の判断で開催しており、開催が義務づけられているわけではありません。コロナ禍では、学校長の判断で運動会を中止した学校は多いと思いますよ。

 

学習指導要領『特別活動』では「健康安全・体育的行事」とされていて、「運動会」はその一例として挙げられているだけ。そのため運動会ではなく、球技大会でもいいわけです。子どもたちの希望に沿って、狙いさえしっかりしていればレクリエーション的な行事に変えることも可能です。

 

── とはいえ、日本では徒競走や応援合戦のある運動会が主流ですよね。

 

田畑さん:運動会の起源は、海軍が体力をつけるために行っていた競闘遊戯だといわれています。そのため歴史的な行事として、現在も残り続けているのでしょう。また、周りの小学校との兼ね合いも大きいと思います。「あの学校はやっているのに、うちはやってない」という問題を避けるためです。

 

「慣習」「地域行事」として、盛大に行われている部分もあります。学校教育は地域の人に支えられていますから、子どもたちの活躍を見て、学校を理解してもらうために、運動会は重要な位置づけにあると思います。

午前で終わり種目が減った運動会の大きな効果とは?

── 最近は、運動会が午前だけで終わったり、安全な競技しか行わなかったりと、運動会の形が変化しています。

 

田畑さん:運動会の形式の変更には、新型コロナウイルスの流行が影響しています。コロナ禍では、大きく2つの問題がありました。

 

接触を避けるため満足に練習ができないこと。運動会当日、お昼ご飯をみんなで食べられなくなったこと。運動会を中止する方法もありましたが、自粛により運動不足になっている子どもたちのためにも、時間を短縮して開催しようと視点を変えたんです。

 

── 時間を短縮してみてどうでしたか?

 

田畑さん:子どもの負担が減り、教職員にとっても働き方改革になりました。体育の授業時間内だけで練習を終えられて、他の科目の授業時間数を確保できるように。また、朝から晩まで行っていた予行練習もなくなり、子どもたちの疲労感がかなり軽減して、怪我も少なくなりました。

 

実施する種目が半減した分、教員の指導負担も減り、イライラしなくなりました。だから、「声が小さい!」「だらだらしない!」などと子どもたちを理不尽に叱ることもありません。いままで、いかに教育的ではないことをやっていたかが浮き彫りになりましたね。

「徒競走を復活させて」に学校はどう応えるべきか

── そのほか、従来の運動会から変化したことはありますか?

 

田畑さん:騎馬戦や組体操などの、怪我するリスクが高い種目はやらなくなりました。命を危険にさらしてまでやる必要があるのかと問題視されたんです。

 

どんな種目をやるかは学校長の判断ですから、表現教育でダンス、競争教育で徒競走といった具合に、バランスを見てプログラムを組んでいます。学校長、体育主任、その他の教員が話し合いを重ね、どんな狙いで、どんなプログラムにするかを決めます。

 

── 勝ち負けで優劣をつけるのはやめようと、徒競走をなくした学校もありました。保護者からは「負ける経験も必要」という声もあったようですが、どう考えますか?

 

田畑さん:「競争」を別の形に変えて、みんなが楽しめるような教育をしましょうと学校で決めたなら、それでいいと考えています。日本の教育は、競争や序列教育を活用しすぎた感があります。そこからの脱却を目指しているのではないでしょうか。

 

保護者から反発が出るようなら、「狙い」を校長が保護者に説明するべきですね。たとえば、「子どもたちの『自己肯定感』を上げるために競争教育をなくしていきたい」と説明すれば否定されないと思うんですよ。

 

学校と保護者がずれていくのは、学校側の説明不足に起因していることが意外と多い。保護者になんの説明もなくいきなり変更されれば、混乱するのは当然のことです。大切なのは競争でも負ける経験でもなく、「子どもたちが安心して楽しみながら学べる場」をつくることです。いじめ、不登校、自殺数が増加傾向にあります。教育を変えるときに来ていると考えています。

 

PROFILE 田畑 栄一さん

元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。

 

取材・文/白石果林