「シャーペン使用禁止」「キャラものの持ち物禁止」「水筒に氷を入れてはいけない」。小学校の謎ルールは、どのように生まれるのか。公立小学校で10年間、校長を務めた田畑栄一さんにお聞きしました。
「格差を生まないため」の配慮として生まれた?
── 小学校の謎ルールが生まれる背景を教えてください。
田畑さん:ルールは学校の都合で作られるケースが多いかもしれませんね。たとえば、シャーペンを使用禁止にする学校が多い理由は、鉛筆が軽くて1年生でも持ちやすく、かつ力強く書けるからです。
また、歴史的な流れも大きいでしょう。シャーペンが初めて開発された時代は貧富の差が大きく、シャーペンを買えない子どももいたはずです。学校側は「持ち物で格差をつけたくない」と配慮したのではないでしょうか。それが見直されることなく、いまだに続いているのがひとつの理由だと思います。
── 一度ルールができると、なかなか見直される機会はないのでしょうか。
田畑さん:学校では「無難」や「普通」を求める傾向が強いのです。不都合がないと、とくにルールを変えたり、何かを許容したりすることに二の足を踏み、現代の価値観に追いつけていないのが現状です。さらにいえば、検討するだけの時間的余裕がないこともその理由にあげられます。
いまは、鉛筆に代わるような使いやすいシャーペンも開発されているし、シャーペンを使うことは当たり前の文化ですよね。時代に合わせて、学校も変わっていかなければなりません。
トラブルが起きたときにどう対処するかが「教育」
── 小学校で「キャラもの」のペンケースが禁止されていて、新しく買い直したという声もあります。その背景には、「子どもが注意散漫にならないように」「子ども同士のトラブル防止のため」など、いろいろな理由があるようですが…。
田畑さん:そのルールは初めて聞きましたが、私は家庭の判断でいいと思います。いまは一つひとつの持ち物に「ああだ、こうだ」いう時代ではありません。個人の価値観が尊重される時代です。
どうしてもルールを設けるなら、学校側は保護者に正当な理由を説明することができるか否かを、基準に考えていく必要があります。説明できないことは改善したほうがいいと思います。
たとえば「水筒に氷を入れてはいけない」ルールは、養護教諭のアドバイスに基づいている場合があります。「夏場に腹痛を訴える子どもたちが増えている」などと注意喚起され、ルールとして生まれるケースも。そういった背景を保護者に説明すれば、保護者の反応も違ってくると思います。
── 謎ルールを廃止していくことで、子ども同士のトラブルは増えると思いますか?
田畑さん:トラブルが起きたとしても、そこで話し合いをさせたり、トラブルを解決して人間関係を教えたりするのが「教育」です。すべてに先回りして予防線を張って、トラブルを起こさないような環境をつくることが、はたして教育と呼べるのか、考え直す必要があります。
子どもたちは自分で決めたことなら尊重するでしょう。それでもトラブルが起きたときは、大人が入って解決をしていく教育がこれからは必要ではないでしょうか。
謎ルールを変えるために保護者ができること
── 保護者が「謎ルール」を理不尽に感じたとき、ルールを変えることは可能ですか?
田畑さん:保護者や子どもからのニーズが多ければ、変えることはできます。疑問を感じたときには、担任、生徒指導主任や教頭などに疑問を投げかけて検討してもらいましょう。そして学校から、ルールを設ける理由を説明してもらうことが大切です。何のためのルールなのか、管理するためなのか、子どもの自主性を育てるためなのか。
学校側に対応してもらえなければ、保護者が意見を述べられる学校評価アンケートに記載したり、PTA本部に議題を挙げたりすることも方法のひとつといえるでしょう。
なんとなく残っているルールは廃止して、各家庭の判断に任せていくのが望ましいと思います。ただし保護者と学校が対立するのではなく、「子どもの学びの環境をよりよくしていく」という共通の意識を持つことが大切です。互いに対話を積み重ねていく姿勢が大事です。何のためのルールなのかを押さえて進めていくことが重要です。
── 連絡物に保護者の印鑑しか認めない(サインはNG)小学校もあるようです。学校、保護者、子ども間での信頼関係が崩れてきているのでしょうか。
田畑さん:サインだと子どもが書く可能性があるから生まれたルールですね。以前勤めていた学校では、「子どもと保護者を信用しよう」とサインOKにしたり、サイン欄を極力なくしていました。教育において、信頼関係こそがもっとも大切なことですから。
いまだに保護者の印鑑がなければプールに入れない学校があるようですが、大人の都合で教育の機会を奪うのは残酷なことです。サインを忘れた場合も、私が以前勤めていた学校では保護者に電話をして確認をとってもらいました。
周りの大人があたたかく接してくれたら、子どもも周りの友だちに同じ気持ちが育っていきます。「思いやりを持とう」「失敗を許そう」と教えているのに、先生が「印鑑を忘れるのは絶対許しません」と言うのは、理にかなっていないでしょう。こういった理不尽さの積み重ねが、不信につながり、登校渋りや不登校につながる場合もあるのです。
──「謎ルール」に関して、これから学校はどうあるべきだと考えますか?
田畑さん:謎ルールのあり方は、各学校の教員が「教育の価値」をどこに置くかで決まります。子どもたちの自主性を重んじ、子どもが自分で決めたことを認める学校もあれば、集団を優先して落ち着いた雰囲気をつくろう、という学校もあるはずですから。私の場合、前任校では5、6年生の子どもたち主導で、既存のルールを見直してもらっていました。
「学校が決めたから」「昔からあるルールだから」ではなく、子どもたち自身がルールを決めていくことで、“学校の主人公”として達成感を味わえます。子どもたちも、「自分たちが決めたルールだったら守ろう」と意識します。これからは子どもたちが主体となって、新しい価値観をつくり上げていく教育に転換していくときに来ています。「話し合うこと」が学校の当たり前になることが大切です。
PROFILE 田畑 栄一さん
元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。
取材・文/白石果林