2019年まで「おかあさんといっしょ」で「パント!」のおねえさんを務めた上原りささん。おねえさんに就任したのは、大学3年生の春でした。学業と仕事を並行した怒濤の日々と、今も背中を押してくれる言葉との出会いについて聞きました。(全4回中の1回)
楽しみながら参加したオーディションで見事合格
── 大学ではミュージカルを専攻されていたそうですね。「パント!」のおねえさんの姿から、体操を学ばれていたのかと思っていました。
上原さん:宝塚ファンの母の影響で、小さいころからタカラジェンヌに憧れていたんです。高校生のころ、念願の宝塚受験に挑みましたが、残念ながら不合格で。タカラジェンヌになる夢は叶いませんでしたが、「ミュージカルなら自分のやりたいことができるかも」と考えて、洗足学園音楽大学でミュージカルを学ぶことにしました。
── 大学在学中に「おかあさんといっしょ」の「パント!」のおねえさんに抜擢されましたが、オーディションを受けたきっかけは何だったのでしょうか?
上原さん:大学2年生のとき、大学にオーディションの募集が来て「経験を積むために受けてみたら?」と、先生から声をかけていただいたのがきっかけです。
楽しみながらオーディションに参加していたら、トントン拍子に通過していったんです。最終オーディションで「よしおにいさん(当時の体操のおにいさん)と、カメラの前で動いて」と言われたときに、はじめて緊張して思い通りに動けなくなりました。帰り際、スタッフの方から「緊張しすぎ!」と声をかけられ、「これは落ちたな」と確信しました。
だから、数日後に合格の電話をいただいたときは驚きで理解が追いつかず、思わず隣にいた母に電話を代わってもらいました(笑)。母が話を聞いているのを眺めながら、やっと「受かったんだ」と、実感しました。
仕事と勉強以外のことは考えられなかった2年間
── おねえさんの活動と学業との両立は、どうされていましたか?
上原さん:「おかあさんといっしょ」は、月曜から水曜が収録、木曜がリハーサル、金曜は体操のおにいさんと私は休みか移動日で、土曜が地方での収録かコンサートといったスケジュールで制作しています。
就任時は私がまだ大学3年生だったため、木曜のリハーサルを午後にずらしてもらって、午前中に何とか大学に通えていました。大学も学外での活動にかなり理解があったので、出欠だけでなく、レポート提出や試験だけで単位を認めてくれることもありました。
ただ、仕事と学業を並行していた2年間は、大学と収録、そしてコンサートと毎日いっぱいいっぱいで、仕事と勉強以外のことは考える余裕すらありませんでした。
周りの友達とは予定が合わないので、遊びに出かけるとか、趣味を楽しむとか、大学生として当たり前の日常は送れなかった。周囲の理解と助けで何とか両立できましたが、体力的にも精神的にも本当にハードでした。
“おねえさん”で学んだ度胸と臨機応変さ
── おねえさん在任中は、どんなことを学びましたか?
上原さん:度胸ですね。はじめて出演したコンサートで、いきなり「パント!」のソロコーナーがあったんです。NHKホールの大勢のお客さんの前でソロパフォーマンスしなければならない状況に、舞台袖で震え上がりました。
── それは緊張して震えてしまいますね。上原さんは緊張したとき、どんなふうに対処しますか?
上原さん:舞台袖で体を叩いたり、ベタですが「人」という字を何度も手に書いて飲んだりして、「やるぞ!」と自分を奮い立たせます。何度も舞台を踏むうちに、「やるしかない!」と自分を鼓舞して、緊張を乗り越えられるようになりました。
あと、コンサートでは予期せぬハプニングも起こるので、臨機応変さも身につきました。コンサート中に靴が脱げてしまったことがあるのですが、「お客さまに気づかれちゃいけない!」と慌ててしまい、適当に靴を履き直してパフォーマンスを続けたんです。
すると終演後、演出家の方から「舞台に上がっている以上、失敗やハプニングはなかったことにはできない」と諭されました。
──「失敗やハプニングはいっさいするな」ということですか?
上原さん:いえ、失敗やハプニングが起こっても、舞台に立っている以上、お客さまを不安にさせないよう真摯に対応しなければならないということです。
例えば、靴が脱げた場合、適当に履き直してごまかすと「また脱げてしまうのでは」「怪我をしてしまうのでは」と、お客さまを不安にさせてしまいます。でも、「脱げちゃった!」とわざとおっちょこちょいな雰囲気を出して、きちんと靴を履き直せば見ている人も安心できますよね。失敗を顔に出さず淡々とパフォーマンスを続けることや、他のメンバーのハプニングをカバーすることも、お客さまを不安にさせないための方法です。
ハプニングやミスは普段の生活でも起こってしまいますが、ごまかすのではなく、周りの人のために最善の方法を考えて、臨機応変に対処する大切さを学びました。
小さな女の子がくれた温かい言葉
──「パント!」のおねえさんは、7年務められました。長く続けられた理由は何だと思いますか?
上原さん:子どもたちの「楽しかった!」という言葉が、何より嬉しかったからだと思います。「楽しかった」と思ってもらえるなら、どんなことでも頑張れます。
実は、おねえさんのオーディションのお話をいただく数か月前、大学の先生のコンサートに出演して童謡を歌ったことがありました。終演後、他の出演者と駅を歩いていたら小さな女の子が走ってきて、「さっきのコンサートで歌ってくれたお姉さんだよね?楽しかった!ありがとう」と、声を掛けてくれました。
その瞬間、すごく心が温かくなって「将来、子どもに関わる仕事をするのもいいな」と思ったんです。このときの「楽しかった!」という言葉が、オーディションに挑戦したときも、そして今も私の背中を押してくれています。
PROFILE 上原りささん
1991年生まれ。洗足学園音楽大学卒業。大学3年生のころ、NHK「おかあさんといっしょ」の「パント!」のおねえさん(5代目身体表現のおねえさん)に就任、7年間務める。現在は、ミュージカルや子ども向けイベントへの出演のほか、2020年には「はみがきジョーズ」でCDデビューも。11月18日『あつりさとチョッピーの森』を市原市民会館大ホールで開催予定。
取材・文/笠井ゆかり 画像提供/上原りさ