「バキッ!」いらだって扱う道具にあたるアスリートの姿を見ると、見ている側もつらい気持ちになります。うまくいかないことはわかるけど…テニスのトップ選手だった杉山愛さんだからこそわかる、選手の胸の内を話してくれました。(全4回中の3回)

 

サーブを打つ前の凛々しい現役時代の杉山愛さん

「ラケットを叩きつけても…」心を保てる選手が成長できる

── 引退後は、選手の指導や育成、メディアでの解説者など、現役時代とは違った形でテニス界に関わっています。あらためて、「選手とメディアの関係」についてどんなふうに考えますか?

 

杉山さん:女子テニス界のパイオニアであるビリー・ジーン・キング選手が、「メディアがあってこそ、あなたたちのプレーが世界中に知っていただけるのよ。だからこそ、自分の行動や発言には責任を持たないと」とおっしゃっていたように、メディアに対応するのは、選手としての責務だと思っています。

 

私もジュニア時代からそう教えられてきましたし、メディアトレーニングを受ける機会もあり、そこでプロとしての立ち振る舞いを学びます。世界トップ10に入ると、週に約1時間、メディア対応の場が設けられていました。

 

厳しい質問が飛んでくるときもありますし、プレーとは関係のないことで意見を求められる場面もありますが、できる限りの対応をしていくことが、プロとして最低限必要なことだと思います。

 

── スポーツ選手の振る舞いが話題になることも多いです。テニスの試合中に、いらだった選手がラケットを叩きつける場面を見ることがありますが、インパクトのある行為なので、つい頭に残ってしまいます。

 

杉山さん:たしかにプレー中は、それくらいいらだって、思わずラケットを投げたい衝動にかられることもあります。競技者としての経験から、極限の精神状況になるのは理解できます。ただ、メンタルをうまくコントロールできるか否かで、結果には大きな差が出てきます。平常心を保ててこそ、自分の力を出しきることができるからです。

 

そもそも大事なラケットを折る行為はあってはならないことで、観ている側としても応援する気にならなくなってしまいますよね。スポーツでは「心」「技」「体」を身につけ、鍛えることが大事。そういう意味でも、スポーツは自分を成長させてくれる素晴らしいツールだと思いますね。

賞金の一部は寄付「テニスには人を支える文化がある」

── 選手時代から日本対がん協会にツアーの賞金額を寄付するなど、積極的に社会奉仕活動をされてきました。どういう思いがあったのでしょうか?

 

杉山さん:そもそもテニス界には、困った人に手を差し伸べる文化が昔からあり、これまでも、さまざまなチャリティ活動を行ってきました。

 

その理由のひとつに、テニスは他の競技と比べて大会での賞金額が大きく、経済的に恵まれていることがあります。女子プロスポーツ選手の高額収入ランキングトップ10のうち、7〜8人はテニス選手です。四大大会でも賞金額に男女差もなく、優勝すれば3〜4億円という賞金額を手にすることが可能です。

 

全米オープンの賞金が男女同額になった経緯には、70年代から先人が戦って勝ち取ってきた歴史があります。トップ選手だったビリー・ジーン・キング選手の熱心な活動により、女子テニスが認知され、1973年に全米オープンの賞金が男女同額になりました。

 

コーチとして指導していた穂積絵莉選手(2018年全仏ダブルス準優勝)と

── そうした背景があったのですね。女子テニス日本代表監督として、いまの日本のテニス界をどう見ていますか?

 

杉山さん:男子はかなり頑張っていて、いま、世界ランキング100位以内に4人ほど入っています。ただ、錦織圭選手のインパクトがあまりにも大きかったので、そこを上回るような結果が出てこないと、話題にならないのが残念なところです。

 

一方で、女子はランキング100位以内に入っている選手が1人。厳しい状況で、気を引き締めていかないといけません。しかし、ランキング200位以内に入る選手が4人ほどいるので、まずはみんなが100位以内に上がっていくことを目指しています。

「苦労を乗り越える」こと以上に大切なことがある

── この先、ランキングを上げていくには、何が必要だと思われますか? 

 

杉山さん:一人ひとり向き合って解決したり、改善しなくてはいけないことが見つかります。しかしそれは大事なプロセスでそれをひとつずつクリアしていければ、かならず後から結果はついてきてくれると信じています。

 

さらに「私はこれで戦っていくんだ」   という武器となるもの、自分なりのカラーを持ち、強い気持ちでそれを信じきることで、ひと皮向けていくんじゃないかなと思います。いい意味で、自分の「我」を、もっと出しきってほしいですね。

 

後進の育成として2018年から始まったAi Sugiyama CupはITF公認の大会でもある

── いまの若い世代は、あまり「我」の強いタイプが少ない気がします。

 

杉山さん:たしかに、自分の現役時代は日本人選手がランキング100位に10人ほどいましたが、みんな自分なりのカラーがあって、個性もキャラも濃かったですね。

 

── なかなかハングリーさを持ちづらい時代ではありますね。

 

杉山さん:そうですね。もちろん苦労を乗り越えればハングリーさが身につくわけではありませんが、それぞれが自分の置かれた環境で、何かしらみずからに課題を課していくことで、自分なりの「色」をもっと出せると思うんですよね。

 

パッションを感じられるようなインパクトも重要です。例えば、車いすテニス男子の小田凱人選手は、プレーにパワフルさやダイナミックさがあり、本当にスーパースターの要素を持った選手です。あとは、どれだけ成熟するかが楽しみです。ぜひ注目してほしいですね。

 

PROFILE 杉山 愛さん

1975年神奈川県生まれ。パーム・インターナショナル・スポーツ・クラブ代表、BJK杯日本代表監督。17歳でプロに転向、グランドスラムで4度のダブルス優勝を経験。最高世界ランクはシングルス8位、ダブルス1位。グランドスラムの連続出場62回の世界記録を樹立し、オリンピックには4度出場。34歳で現役引退後は、テニスの指導やメディアなど、多方面で活躍中。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/杉山愛