放送から28年を迎えた「いないいないばあっ!」。チーフプロデューサーの中村裕子さんと番組ディレクターの山縣由紀さんに話を聞きました(全2回中の1回)。
赤ちゃん向けの番組、当時は世界的に例がなかった
──「いないいないばあっ!」は、1996年の放送開始以来、ママと赤ちゃんに絶大な人気を誇っています。どういった経緯で誕生したのでしょうか?
中村さん:当時は7、8割の赤ちゃんがテレビのある環境で育ち、1日2時間以上テレビを視聴しているという調査結果がありました。当時は0~2歳向けの番組がなかったため、ほとんどの家庭では対象年齢がすこし上の幼児番組や、大人向けのものを一緒に視聴している状況だったようです。
そんななか「赤ちゃんにテレビを観せすぎると言語発達に影響する可能性がある」などと、懸念する専門家もいました。そこで赤ちゃんの発達にいい、良質な番組を作ろうというのがきっかけでした。
── 初めて赤ちゃん番組を作るにあたり、どんなことを工夫したのでしょうか?
中村さん:「いないいないばあっ!」の企画段階では世界的に見ても、赤ちゃん向けの番組は例がありませんでした。企画時は試行錯誤の連続で、まずは赤ちゃんのことを知るところからのスタートでした。
発達心理学や小児科の専門家、保育士、絵本作家など、乳幼児に関わる方たちとチームを作り、勉強会から始めました。いくつかコンテンツを試作してみて、監修に関わってくれた保育士の先生がいる保育園などで、実際に赤ちゃんに観てもらい、反応を確認しました。
赤ちゃんは視覚などが発達途中なので、シンプルにするように心がけています。おしゃべりのシーンもBGMはなるべく入れず、最低限の効果音だけで会話を引き立てるようにしました。赤ちゃんの集中力が続くのは2〜3分といわれているので、認知発達の先生と研究して、ひとつのコーナーに対する時間を短くして、それを積み重ねる構成に。こうした演出は、現在も番組づくりに踏襲されています。
「ボールを転がす」だけの映像など見せ方を工夫
── 山縣さんは、番組開始当初から演出を手がけているとのことですが、工夫されたことはありますか?
山縣さん: 大人から見ると、なんでもないように見えるコーナーも、赤ちゃんにとっては興味深いようです。たとえば、ボールが地面を転がるだけのコーナーがあります。
このコーナーは、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんと同じ目線の低い位置から撮影しています。赤ちゃんからすると、ふだん自分が見る世界をテレビで見られるのが楽しいようです。砂利道やアスファルトでボールの弾む音が変わるのも新鮮に感じられるみたいで、人気のコーナーです。
時代により変化している部分もあります。20年前はゲームで使われていたドット絵が新鮮で、赤ちゃんにも認知できるということで番組にも使用されていました。でも、いまはドット絵自体が珍しい。
また、以前は新聞紙を使った工作が多かったのですが、いまは新聞をとっていない家庭も少なくありません。代わりに、通販で家にダンボールがある家庭が増えているので、いまはダンボールを使った工作が増えました。
── 時代に合わせ、変化している部分も多いのですね。
山縣さん:そうですね。ただ、意識しているわけではなく、そのときどきで試行錯誤し、「振り返ってみると、あのときはあんな工夫をしていたね」という感じです。
親の子育て観が変わったことで「ぽぅぽ」が誕生!
── 28年間放送が続き、赤ちゃんたちを取り巻く環境や、変化したと感じたことはありますか?
中村さん:赤ちゃん自身は変わっていないと思います。一方で、専門家のお話を聞くと、親御さんが子育てに正解を求めている印象があるようです。情報があふれているから、なおさら何を信じたらいいのかわからないのかもしれません。
たとえば、私自身が育児をしていたときに、ある育児書では「添い寝をすると親子の絆が深まる」と書かれていても、別の本には「自立心の形成を妨げるので添い寝はすすめない」と正反対のことが書かれているものもあり、「どっち!?」と迷った経験があります。
実際は子育てに正解はないと思うんです。親御さん自身が育児を楽しめる方法を取り入れられればいいのかなと。親御さんが笑顔でいるほうが、赤ちゃんもうれしい気持ちになりますよね。とはいえ、子育て真っ最中の方からすると難しいことではありますよね。保育園の先生にお聞きすると、「母乳がいいの?それともミルク?お昼寝の時間は何時間が正解?」と、たくさん質問を受けるそうです。
山縣さん:ぽぅぽはまわりの環境を見ながら、自分で学んでいきます。いまは、ぽぅぽと年下の兄弟「まぁる」、親の「やーや」の3者が関係を築いていますが、ゆくゆくはお友だちも登場する予定です。
中村さん:いまの赤ちゃんは、早い段階で子ども広場などに行き、同世代の子と触れ合う機会が増えています。たとえば家族と一緒のとき、同年代のお友だちと遊ぶときでは、赤ちゃんなりにその場の雰囲気の違いなどを感じ取っているはずです。そのなかで赤ちゃん自身がいろいろと考え、学ぶこともあるでしょう。
赤ちゃんにとっては世界のすべてが新鮮で、多種多様なものにあふれています。番組でも、赤ちゃん自身が学び取っていけるようにしたいと思っています。
山縣さん:ちなみにですが、現在もうーたんは「ワンワンわんだーらんど」には出演しています。
── 視聴者には、「いないいないばあっ!」を親子でどのように見てほしいと思っていますか?
中村さん:ただ番組を見て終わりではなく、観たあとの時間を大事にしてほしいと思っています。「さっきワンワンが作っていた工作を一緒にしてみようか」など、番組がお子さんとのコミュニケーションのきっかけになったらうれしいです。
PROFILE
中村裕子さん
NHKエデュケーショナル コンテンツ制作開発センター こども幼児グループ所属。番組ディレクターを経て、現在はチーフプロデューサー。番組全体を取りまとめる。
山縣由紀さん
番組ディレクター。制作会社エム.シエロ所属。番組創設時より、企画、制作、構成、演出などを担当する。25年間、ほぼすべてのロケに参加。
取材・文/齋田多恵 写真提供/NHK