最近、海外からのオファーが増えているという吉本興業。この好機をどういかすか。同社でタレントマネジメントとコンテンツのプロデュースを担当する神夏磯秀さんに聞きました。(全2回中の2回)

海外オファーを途切れさせないために

── 安村さんは海外での仕事が増えているそうですが、どんなお仕事が決まっているのでしょうか。

 

神夏磯さん:具体名は言えないのですが、すでにヨーロッパを中心にいくつかオファーをいただいています。また「コメディフェスティバル」なるものは各国であるのですが、その出演オファーもいただいていまして。今(2023年7月末現在)も、イタリアに行っています。

 

こうして増えている海外オファーを一時的なもので終わらせないよう、どう今後に繋げていくかを考えています。TONIKAKUプロジェクトとして、社内で専門チームを作って今後のプランニングや営業戦略を練っています。

 

同じく「ブリテンズ・ゴット・タレント」に挑戦していた、市川こいくちさんと/(c)FANY マガジン

──「次はこの芸人が海外でブレイクするのでは」と期待している方はいますか?

 

神夏磯さん:たくさんいますが、2組挙げるとしたら、1組目は「インポッシブル」。巨大昆虫と戦う、というコントをやっています。このネタは動きメインで面白い。昆虫はどこの国にもいますし、根気よくチャレンジを続ければ、海外でも通用するんじゃないかと思っています。

 

もう1組は、「鬼越トマホーク」の喧嘩ネタ。坂井良多と金ちゃんが突然激しい喧嘩をはじめて、止めに入った人に強烈なひと言を返して笑わせるものですが、このネタを海外に輸出できないかなと思っています。例えば、ハリウッドスターが喧嘩を止めにきて、2人が絶妙のいつもの返しをするという。

 

トム・クルーズが止めに来て、「うるせえな」と言い返すネタが最低限の英語でできれば。準備や調整が必要だとは思いますが、やってみたいですね。

5年以内に海外で活躍する芸人を増やす

── 日本のお笑いが海外に進出するうえで、現時点で課題に思っていることはありますか。

 

神夏磯さん:課題だらけなので、まずはやるしかない、やらないとわからないと思っています。

 

昔は、海外進出と言えば、かなりアナログな活動で、現地でライブを実施し、それに関連づけて、現地のテレビ局に出演し、番組で取り上げてもらうことを狙う、ぐらいのことで、いわゆる「高い渡航費を負担して現地に出向く」ことがマストでした。そして、ライブに来るお客さんも実は、現地在住の日本人が多かったり。

 

でも今は、現地に出向かずとも、直接海外にアプローチできる道=プラットフォームがたくさんあります。NetflixやAmazonプライム、YouTube等でお笑い番組を作れば、海外の人もたくさん見てくれますし、X(旧Twiiter)やTikTok、Instagram等のSNSは、海外の人たちに簡単に笑いやエンタテインメントを直送で発信できる場所。ここをどう攻めるか、どんな投稿をしたら、海外の人に楽しんでいただけるのかを考えています。

 

今は、吉本興業としての海外での成功例はまだまだ少ないと思っていますが、これから成功例が増えれば増えるほど、知見が芸人さんや社員スタッフに貯蓄され、勝率も上がってくると思いますし、勝ち方もわかってくると思います。

 

なので、海外を目指す競技人口を、増やしていかないといけないと思っています。

 

とにかく明るい安村さんの活躍や、日本のお笑いの可能性について話してくれた神夏磯さん

── どれくらいの期間で増やしたいと考えていますか?

 

神夏磯さん:今から5年以内に、思いっきり振りきっていきたいと思います。

 

── 海外対応が増えると、マネージャーさんにも熱量が必要そうです。

 

神夏磯さん:そうですね。成功の数以上に失敗の数も増えるので、それでいちいち心が折れてたら、もう前に進まないですから。それを超えるぐらいのへこたれない志がないとダメでしょうね。

 

── 今後、「この芸人は海外進出を見据えて、このマネージャーにしよう」と人選をされたりするのでしょうか。

 

神夏磯さん:弊社には約6000人のタレントが所属していますが、極論を言うと、6000人全員が海外でブレイクする可能性を秘めていると思っています。それは、タレント自身のパフォーマンスによるものもあれば、タレントが作り出すコンテンツによるものもあると思います。

 

なので、海外進出を見据えてマネージャーを人選するというより、全マネージャーが自分が担当するタレントさんにその可能性を日々模索する、というスタンスでいてほしいと思っています。

日本のお芸いの強みは「ジャンルの豊富さ」

── 日本のお笑いの強さはどこにあると思いますか。

 

神夏磯さん:笑いのジャンルの豊富さとそれに伴った世界一のレベルの高さだと思っています。日本は、お笑いのジャンルも多いし、笑いの取り方のバリエーションも細分化されていて豊富です。漫才、コント、新喜劇、ピン芸、落語、大喜利…等、こんなに笑いのジャンルが豊富な国はほかにないと思います。さらに、笑いの取り方もいっぱいある。ニュアンスで笑いを取るとか、間だけで笑いをとるとか。

 

海外の人が今まで見たこともない高品質な笑いが日本にはたくさんあるので、そのお笑いを普通に見せていくだけで、楽しんでもらえるんじゃないかなと思います。海外の笑いの文化や温度感に寄せて、迎合していく必要はないと思います。

 

── 確かにジャンルは、いろいろありますね。フリップ芸、音ネタ、ものボケ…。

 

神夏磯さん:はい。何でも競技人口が増えると競技のレベルが上がりますよね。今、大谷翔平選手が大変活躍されていますけど、その活躍を見て野球選手を目指す子は、きっと増えるはず。そうすると、野球選手全体のレベルが底上げされ、これまで考えられなかったような技術を持った選手が誕生する。

 

お笑いだって同じだと思います。「M-1グランプリ」が原点じゃないかなと思いますが、あの大会ができたことによって、漫才師を目指す芸人が増え、漫才のレベルが格段に上がってきた。「キングオブコント」ができてコントのレベルが上がり、「THE W」ができて女性芸人のネタのレベルが急激に上がってきています。

 

「女芸人No.1決定戦 THE W 2022」で優勝を果たした、天才ピアニスト(竹内知咲、ますみ)/(c)FANY マガジン

これだけ、笑いのジャンルごとにネタを磨き合うフィールドがあり、年々各コンテストへの出場者が増え続けていることが、日本の芸人さんが面白い理由だと思っています。

 

日本のお笑いは世界一レベルが高いと思っているので、それをどれだけ海外に輸出していけるのかは、我々の大きな使命だと思っています。

 

PROFILE 神夏磯 秀さん

かみがそ しゅう。2001年、吉本興業株式会社に入社。タレントマネジメント、番組の企画・制作、演劇興行、企業営業、等のさまざまな部門を担当。現在、執行役員、マネジメント&プロデュース本部 本部長。

 

取材・文/市岡ひかり 写真提供/吉本興業