英人気オーディション番組「ブリテンズ・ゴット・タレント」の決勝に、日本人初進出という快挙を果たした、とにかく明るい安村さん。吉本興業でタレントマネジメントとコンテンツのプロデュースを担当する神夏磯秀さんに、背景を聞きました。(全2回中の1回)

海外で受けそうな芸人を事務所が売り込み

── 今回、安村さんが「ゴット・タレント」に出演した経緯を教えてください。


神夏磯さん:芸人・ウエスPの活躍が大きいです。2018年にウエスPがフランス版ゴット・タレントの決勝に出場してすごく話題になり、今も彼のTikTokのフォロワー数は日本で5位以内に入っています。

 

2018年にフランス版ゴット・タレントの決勝に出場したウエスPさん/(C)FANYマガジン

これをきっかけに番組とパイプができ、定期的に「こんな面白い芸人がいますが、エントリーさせてもらえますか」というやりとりができるようになりました。そのやりとりのなかで、安村の話をしたところ、番組側からも「面白そうですね、ぜひチャレンジしてみてください」と言っていただき、オーディションを経て、出演が決まりました。

 

日本で安村がパンツ芸で最初にブレイクしたときに、彼は英語や韓国語など、いろんな言語でパンツネタをやる動画をYouTubeに上げていたんです。海外の言語でネタを作った実績があり、それがしっかり面白かったことも、提案した理由のひとつです。

 

── 海外に提案する芸人を選ぶ基準はありますか?

 

神夏磯さん:現時点で言えば、言語に依存しない、ノンバーバル系のネタをする芸人さんが多い状況ではあります。

 

あとは、日本と欧米のお客さんの質の違いも意識しています。日本はどちらかというと、出演者であるパフォーマーとお客さんの立場が明確に分かれていると思います。お客さんは完全に観客のスタンスで、面白ければ笑うし、面白くなかったら笑わない。

 

でも、欧米のお客さんは「ショーを一緒に楽しむんだ」と、最初から盛り上がる気でいることが多いと感じています。ショーの一員として観客も参加しているというか。なので、音楽を使ったり、テンション高めのネタのほうが、海外には合うと考えています。

 

将来的には、やはりもう少し言語や映像、音楽、イラストなどを駆使して、体の動きだけじゃないスタイルのパフォーマンスで海外に出ていく方法を研究する必要があると思っています。

現場の興奮によって生まれた「Pants!」

── パフォーマンスの中で、安村さんは自身を「トニカク」と呼ばせていました。安村さんだったら「ヤス」なのかな、と思ったのですが、結果、審査員や観客から「トニー」の愛称で親しまれていましたね。あれは日本からの戦略だったのでしょうか。

 

神夏磯さん:番組の演出スタッフと安村本人が相談して決めたみたいですね。出演後に反響があったときに、TONIKAKUという違和感のある名前だったら面白いし、日本でもウケるだろうな、と思ったのだと思います。

 

── 「Don’t worry, I’m wearing」という安村さんの決め台詞に、観客が「Pants!」と叫ぶ掛け合いも話題でした。あれも演出だったのでしょうか?

 

神夏磯さん:これはもう完全に、審査員の方々の興奮によって、現場で生まれたものです。決め台詞を「I’m wearing Pants!」ではなくあえて「I’m wearing」にしたのは、本人の戦略です。ただ、そこに対して審査員たちが「Pants!」と叫ぶとは思っていなかったようですね。

 

オリジナル性の高い安村さんのネタは、海外の観客にも圧倒的に支持された/(c)Britain’s Got Talent Fremantle/Simco Limited

── 今回、安村さんがアメリカ版ではなく、イギリス版のゴット・タレントに出場したのは、何か理由があるのでしょうか?

 

神夏磯さん:アメリカ版、イギリス版ともにアピールするなかで、イギリスとは相性がいいなと思っています。

 

よしもとからエントリーしているのは現状では裸芸の芸人が多いんですが、イギリスは、アメリカより裸芸に対する許容範囲が広いと感じています。

 

ただ今回の安村の躍進は、イギリスだからというよりも、ネタの秀逸さによるもの。日本であのネタが初めて登場したときと同じ盛り上がり方だったので、あぁ、日本と同じ感じでしっかりと海外でもウケるんだな、と思いました。世界中の誰も着目しなかったポイントをついた、世界に通用するオリジナル性の高い面白いネタを、安村が自身の力で作り上げていたということだと思います。

海外に挑戦するのに「言語はマストじゃない」

── 渡辺直美さんやジャルジャルさんなど、海外で成功する芸人の特徴とはどんなものでしょうか。

 

神夏磯さん:やっぱりエンターテインメントを追求する気持ちの強さじゃないでしょうか。次のステージ、また次の上のステージと追及し続けるなかで、日本人以外の世界中の人たちにも自分の作るものやパフォーマンスを届けたい、と強く思う気持ちが共通していると思います。

 

渡辺直美やジャルジャル、ゆりやんレトリィバァなどは、「全世界を自分の仕事のフィールドにする」っていう意志は相当に強いと思います。自分独自のエンタテインメントを追求する想いが日本国内だけでは全く収まらず、グラス満杯の水のように、世界に向けて溢れ出ているような状況だと思います。

 

これまでは、東京出身以外の芸人さんは、大阪や地方で売れて、上京して東京でもう1回売れて全国区になるという2段階がスタンダードでしたが、これからは大阪や地方→東京→海外、という3段階になっていくと思います。東京で売れ、日本中で売れて、「次はどこを目指すねん」ってなったら、グローバルな活動に手を広げるというのが、当たり前になっていくんじゃないでしょうか。

 

「ゴット・タレント」での活躍を受け、日本外国特派員協会で会見を行った安村さん

── 今後は英語ができる芸人さんのほうが有利でしょうか。

 

神夏磯さん:英語ができるに越したことはないと思います。ただ、言語じゃないところで戦わないとダメなんじゃないか、というのはあります。

 

先日、日本テレビさんで「世界を笑わせろ グローバルコメディアン」という特番をやらせてもらいました。

 

海外各国から審査員を呼び、その前でネタをして誰が一番面白いかを決める番組だったんですが、ちょっとした英語を使ってチャレンジしてきたコンビもいますし、まったく英語を使わない芸人さんもいました。ほかにも、動きやフリップで笑わせたり、英語をいっさい使わず日本語で喋り倒してウケたり。

 

そういう光景を見ているから、言語習得をマストにしていては、その時点で動きと思考が止まってしまい、一生挑戦できないんじゃないかと思いますね。

 

── しばらく安村さんは海外を軸に活動していかれるんでしょうか?

 

神夏磯さん:先日、安村とちょうど今後の話を喋っていたところなんですが、「海外で仕事をしていくということに、すごくワクワクしています」と話していました。生活だけを考えると、日本の仕事をたくさんしたほうが安定します。でも、そうじゃなくて、やっぱりロマンというか。夢を追うのであれば、海外用にスケジュールを思いっきり空けて、チャレンジしたい、とも言っていました。一回、海外に振りきるところまで振りきってみたい、と。

 

今年1年間はぜひ注目してもらえたらなと思います。

 

PROFILE 神夏磯 秀さん

かみがそ しゅう。2001年、吉本興業株式会社に入社。タレントマネジメント、番組の企画・制作、演劇興行、企業営業、等のさまざまな部門を担当。現在、執行役員、マネジメント&プロデュース本部 本部長。
 

取材・文/市岡ひかり 画像提供/吉本興業