メガネケースの企画製造販売を営む会社が、体を水中に浮かせる画期的なランドセル「ウクラン(R)」を開発。商品への思いについて同社デザイン担当・藤田悦子さんにうかがいました。
地元の70代男性が持ち込んだ企画が誕生のきっかけに
── 2023年3月に水中に浮くランドセル「ウクラン」が発売されました。その誕生のきっかけを教えてください。
藤田さん:地元・浜松市の70代の男性が「子どもの命を守りたい」という思いで持ち込まれた企画がきっかけです。
その方は、新聞関係のお仕事をされている方で、東日本大震災の翌年に宮城県内の石巻市立大川小学校を訪れました。そこで実際、多くの子どもたちが津波で犠牲になった現場を目の当たりにして。「もう二度とこのような悲劇を繰り返してはならない。何か自分でできることはないのか」と考え続けていたそうです。その方には、当時小学校入学前のお孫さんがいたので、その想いはひとしおだったと思います。
その後、その方はお孫さんのためにご自分で救命胴衣にもなるナップサック型のランドセルを作り、特許を取得して、いくつかの企業を回られたそうです。しかし、思うような反応は得られなかったようで…。
そんな折、「栄商会さんだったら何とかしてくれるんじゃないか」と紹介を受けて相談しに来られたのが始まりですね。
── なぜ、メガネケース製造会社にランドセルの製作依頼が?とびっくりされたのでは。
藤田さん:いえいえ。うちの社長はどんな依頼が来ても断らないんですよ。「人のためになるものづくりがしたい」と、ずっとその思いで仕事をしています。実際、コロナ禍で地元の方から「マスクで顔が隠れて、手話ができずに困っている」と相談を受けた際も、すぐに透明マスクを開発し、販売まで手がけたんです。
とはいえ、今回は、人の命を救うためのランドセル。そう簡単に作れるものではありません。当初は、ランドセルのサンプルのみを当社で作って、あとはかばん屋さんで量産していただく形でプロジェクトを進めていました。
しかし、何度も何度も試作をくり返しているうちに、その男性の方が「そこまで想いを持ってやってくれるのであれば、ぜひ、栄商会さんにすべてお任せしたい」とおっしゃったんですね。そこで私たちは、デザインをあらためて見直し、図面を引き直し、改良を繰り返しながら、ようやく今の「ウクラン」の形状に完成させることができました。
ちなみにウクランは、東京の製品安全評価センターの実験において、7.5kgのおもり、24時間浮遊の耐久試験に合格しており、安全性はしっかり保証されています。
──最初に相談に来られた男性の方は、完成した「ウクラン」を見てどのような反応をされましたか。
藤田さん:当初、「お孫さんの命を守るために」ということで持ち込まれた企画でしたが、コロナの影響もあり、私たちが完成品を作るまで思いのほか時間がかかってしまったんですね。しかし、完成品を見て「本当にすばらしいランドセルができた」と大変感激してくださいました。
ライフセーバーも認める、安全性重視の「ウクラン」
──「ウクラン」の使い方を教えていただけますか。
藤田さん:救命胴衣として装着する場合、はじめにランドセルの中をすべて空っぽにします。そして、ランドセルと体を固定させるために、カバンに収納されている腹ベルトと、股ベルトをサッと引き出します。
次に、ランドセルを背負ったまま、お辞儀をするように前かがみになり、ランドセルの「かぶせ」の部分を両手で持ってぐいっと頭をくぐらせ、胸の前に「かぶせ」を持ってきます。
そして、背負っているランドセル(本体)と胸元の「かぶせ」が体に密着するよう腹ベルトと股ベルトでしっかり固定します。水中では、必ず仰向けになって使用していただきます。
また、「かぶせ」は自在に取り外せるようになっていて、単独でビート板としても使えるんです。例えば、周りで溺れそうなお友だちがいれば、ビート版としてパッと差し出すこともできるんです。
本体の素材は、アウトドア系の商品で使われる軽くて強い素材が用いられています。さらに、ランドセルには(かぶせの部分も含む)反射板がついているため、たとえ暗くてもライトで照らせばすぐに目立つようになっています。
── 何度も改良を重ねて、今の形になったのですね。
藤田さん:そうですね。試作品ができたときは、地元の子どもたちに手伝ってもらい、1回目は地元のプールで、2回目は浜名湖で「ウクラン」の体験会を開きました。もちろん、事故があってはいけませんので、ライフセーバーの方たちの立ち合いのもとです。その際、子どもたちからの意見やライフセーバーの方、親御さんからの意見が大変参考になりましたね。
── 例えば、どのようなアイデアが?
藤田さん:例を挙げると、ひとつは「かぶせ」を防災頭巾として使えるようにしたことです。というのも、子どもたちに「学校の防災頭巾はどのように使用しているの?」と尋ねると、「いつも教室の椅子の背もたれにかけたまま」だと言うんですね。そこで「ウクラン」では、通学途中に万が一、モノが落下してきたときでも、防災頭巾の代わりに使えるようにしました。
ほかにも、子どもたちのアイデアをもとに、股ベルトにベルトパッドをつけたり、反射板を加えたり。また、ランドセルにはホイッスルを装着しているのですが、ライフセーバーの方に、一番遠くまで音が伝わるホイッスルを選んでいただいたりもしました。
──いろんな方のアイデアが活かされているのですね。製作するうえで苦労した点はありますか。
藤田さん:やはり命を守る商品なので、安全性には特に慎重になりました。ランドセルや「かぶせ」に含まれる浮体の比率やベルトの調節機能、ランドセル内の水抜きの穴など。
また、ライフセーバーの方から、水中で救助する際、後ろ側から体を引き上げるため、ランドセルを背負う肩の部分を強化したほうがいいとアドバイスを受けて、その部分をより頑丈なつくりに仕上げていきました。
ランドセルに「命を守る」という新たなキーワードを
── 今は、どちらで「ウクラン」を購入できるのでしょうか。
藤田さん:今(2023年7月現在)は地元、浜松市の百貨店や私たちのホームページから購入できるようになっています。
── 皆さんの反応はいかがですか。
藤田さん:まだまだこれからですね。やはり今までランドセルと言うと、「可愛い」や「軽い」という部分に目が行きがちで、「命を守る」というキーワードはなかったと思うんです。だからすぐに世の中に受け入れられるものではないと、私たちも理解しています。しかし、今は異常気象の影響で突然の豪雨により洪水や土砂崩れなど、全国いつどこで何が起こるか分かりません。
ご家庭で防災用品としてライフジャケットを買われる方ってほとんどいらっしゃらないと思います。こちらの「ウクラン」は、ランドセルとしてだけでなく、塾用のセカンドバッグとしてもおすすめです。ご家庭の防災用品として置いてもらうこともできますし、車に常備しておくこともできます。
また、お子さんだけでなく、ご高齢の方でも、いざ水害が起こったときに「ウクラン」があれば水中に浮くことができる。それで助かる命はたくさんあると思うんです。
もともとウクランは、「子どもの命を守りたい」という想いで始まったプロジェクトです。毎日使うランドセルが、非常時のときに子どもの命を守る救命胴衣にもなる商品があるんだということを、一人でも多くの方に知っていただければと思います。
画像提供/栄商会