大人が抱えやすいモヤモヤについて、臨床心理士の八木経弥さんにお話を伺いました。今回は、不甲斐ない兄にお金を貸してほしいと言われ、縁を切りたいと悩む女性の相談にお答えします。
【Q】親に迷惑ばかりかけてきた不甲斐ない兄と縁を切りたい!
私にはうんざりする兄がいます。昔から親に迷惑ばかり…。それは社会人になってからも、結婚してからも変わりませんでした。40代に突入したにもかかわらず、職を転々としているありさまです。そのくせ見栄っ張りで、身分不相応な高級車に乗っているので借金もあります。不倫もしていたので、いつ奥さんに捨てられるか…と内心ハラハラしていましたが、とうとう見放されたと兄から連絡が。慰謝料の支払いが発生し、お金を貸してほしいと妹である私に電話してきました。もう、うんざりです。縁を切りたいくらいです。今後どうしたらいいのでしょうか。
職を転々とするお兄さんの心の中を覗くと…
相談者さんも困っちゃいますよね。職を転々としているということですが、お兄さんはどんな人なのか。何を求めている人なのかを、いくつか考えてみました。
- 刺激がほしい
- プライドが高い
- ガマンが苦手
- 計画性がない
- 自己理解が浅い
- 精神疾患や発達障害を抱えている可能性
こうした背景があり得るのかなと感じます。
「見栄っ張り」ということですが、これはおそらく自己承認欲求が強いのでしょう。「本当のオレはもっとすごい」と考えている可能性はあります。
さらに「身分不相応な高級車に乗っている」とのことですが、車は所有者が見せたい姿を投影していると考える専門家もいます。それにのっとって考えると、「自分は高級車に乗れる人間なんだ」「高級車に乗っている自分ってすごいでしょ?」とアピールするために車を選んでいる可能性もありますね。
もしかすると、お兄さんの本当の姿や実力を、お兄さん自身が認めていなくて、「本当はもっとすごい人間なんだぞ」「こんな仕事は僕がやるような仕事じゃない」「もっとすごい仕事をするべきなんだ」といった思いから、職を転々としているのかなと感じました。最初にお伝えした「プライドが高い」「自己理解が浅い」という要素が大きく影響していると思います。
子どもには「自分は何にでもなれるんだ!」という万能感や自己効力感が大事です。けれど年齢とともに自分の実力はだんだんと分かるようになってきます。例えば急に「舞台の上でオペラを歌って」と言われたとき、大人はほぼ断りますが、子どもなら歌ってみる子もきっといますよね。それと同じです。相談者さんのお兄さんは、子どもがもつ万能感を引きずっている感じもあるのかもしれません。
「縁を切る」というより「ラインを引く」が大事
相談者さんは「縁を切りたいくらいです」とおっしゃっていますが、今後、お兄さんとの関係をどうしていきたいと望んでいるのでしょうか。「今後どうしたらいいのでしょうか」という質問から、「縁を切りたいけど、家族だから切るわけにはいかず迷っている」という気持ちが読み取れます。「家族だから」「たった一人の妹だし」と縁を切りきれず、細い糸でつながっていたいのかもしれません。
お兄さんが不倫をしていることを妹である相談者さんが知っていた、という状況を考えると、通常なら「隠さなきゃいけない内緒ごと」までお兄さんは妹さんに言っていたと考えられます。そうなると、お兄さんはセーフティラインを線引きするのが苦手で、客観的に自分を捉えるのが苦手な方なのかもしれません。慰謝料のお金を「貸してほしい」と妹に頼む時点で、線引きできていないことは明らかです。
ですから、相談者さん自身が線引きするといいと思います。お兄さんの揉めごとには口を出さない、お金については一切相談にのらない、安否確認だけの関係性にする、などラインを決めて、「私のラインはここ!」とお兄さんに伝えてはいかがでしょうか。
もしかすると「私がお金を貸さないともっと借金増やしちゃうかな…」と突き放すことをためらう自分もいるかもしれませんが、「私のラインはここ!」という強い決意を相談者さんがしっかり持つことが大事です。お兄さんに「困ったときは妹に頼ればいい」と思われても困りますから。
知りすぎている!兄との距離感を見直して
相談者さんはお兄さんの不倫の事実を知って、「内心ハラハラしていた」ということですが、そこの距離感も考え直したほうがよさそうです。
もしお兄さんがそういう話をしてきたら、「私そういう話を聞くと冷静でいられないからそういう話はしないで」「お兄ちゃんの内緒話を私が抱えるにはしんどいから、そこも線引きさせて」と伝えられるといいですね。
最近よく「境界線」「バウンダリー」「自他境界」という言葉を耳にするようになりましたが、これは“自分と他者を区別すること”です。すぐに連絡が取り合える世の中になり、境界線を引くことを苦手とする人が目立つのかもしれません。そうなると相手の悩みも背負いがちです。もし相手の悩みを引きずりそうになったら、「それって私の問題?」「誰の問題?」と自分に問いかけてみてください。
兄妹だけれどもいい大人なので、境界線をしっかり引いて巻きこまれないようにしてくださいね。これは冷たいのではなく、「お互いにとって大事な境界線」です。相談者さん自身の人生を大切にしてください。
PROFILE 八木経弥さん
やぎ・えみ。臨床心理士/公認心理師。心療内科や児童相談所、スクールカウンセラーなどの勤務経験のもと、開業カウンセラーとしても活動中。仕事では心理学を活用した育児の方法などを伝えている。2人の娘の母。
取材・文/大楽眞衣子 イラスト/まゆか!