「満員電車で他人と肩がぶつかって思わずキレそうに…」。そんな自分にショックを受けたと元NHKの堀潤さん。独立し葛藤のなかで向き合い、歩みを止めない思いを聞きました(全3回中の3回)。

 

見る人も元気に!戦争の爪痕の残るパレスチナのガザで笑顔の子どもたちと

NHKでやり残したことは「紅白の司会」くらい

──『ニュースウオッチ9』リポーターや『Bizスポ』キャスターを経て、NHKを退局した堀さん。報道の花形を歩んでいたのにもったいない気もします。米国留学中に特ダネをひいて、原発のドキュメンタリー映画を制作されましたが、そのあたりから気持ちに変化が?

 

堀さん:辞めるつもりはもともとなかったので、本当に突然でした。米国での取材映像をお蔵入りにさせてはいけない、ただそれだけだったので。発信するためには退職するしかないと思って、退職届を出しました。

 

── 根強いメディア不信を抱きながら、「メディアの一方的な発信から双方向へ」と高い志を持って入局したNHK。離れがたい気持ちはありませんでしたか?

 

堀さん:あまりNHKを離れた実感はなく、いまでも「フリーのNHKマンです」と自己紹介するくらい、やっていることも取材スタンスも、取材現場も変わりません。NHKの先輩たちには本当にたくさんのことを教えてもらい、感謝しているんですが、報道番組のメインキャスターもやって、残るポストは紅白の司会くらいかなって(笑)。だからNHKでは「やりきった」感覚です。

 

フリージャーナリストとして、国内外の現場を取材。こちらは北海道胆振東部地震での取材での一枚(写真:幡野広志)

先輩たちには「先に外へ出て、NHKがやるべきことをいろいろ試行錯誤しておきます!」と伝えました。実際にNHKでも2017年にネット報道部が立ち上がり、テレビでは伝えきれない情報を伝えています。

お金がなくカードの支払いに悩んだ時期もあった

── 退局直後は、どんな心境でしたか?

 

堀さん:ある意味、NHKをやめて“気がラク”になりました。NHKに手厚く守られていた生活を脱した感覚です。日雇い労働者の労働組合活動について取材したとき、彼らとの会話で何も言えなくなりました。

 

「堀さんを評価するのは誰ですか?」と聞かれ、「NHKの人事部です」と答えると、「僕たち日雇い派遣を評価するのは、資材部です。今日どれだけの材料がいるのか?どれだけの工具がいるのか?そして、どれだけの作業員がいるのか、つまり僕らはネジやトンカチと同じ。人として扱われないんです」と。

 

受信料から安定した給料をもらう僕は、営業もしたことない。格差や貧困の取材をしても、守られている自分にずっと負い目を感じていたんです。だから、NHKを辞めて、しばらくハローワークに通うようになって、少しその負い目から解放されたような気持ちになり、少し安堵したのを覚えています。

 

── でも、十分な貯金や勝算があって独立したのでは?

 

堀さん:計画性もなく、突然やめたので。米国の大学への留学費用もすべてNHKに返して、それで退職金も使い果たしましたし、それまでの取材に対して自腹を切っていた借金の返済もしなくてはならず、車のローンもあり、本当にお金がなかったんです。無職で信用もないから家も借りられず、実家暮らしになりました。

 

まさか、来月のカードの支払いに頭を悩ませる生活をするとは夢にも思いませんでした。実家から都内に向かう横須賀線の満員電車の中でお金のこと考えていて、たまたま横の人と肩がぶつかってものすごくイラッとしたんですよ。「あぁ、俺こんなささいなことですごくイラッとしてしまった」ってショックを受けました。

 

「お金がない、余裕がないって、こういうことなんだ。これでは寛容になろう、世の中を変えよう、なんて考えるのはムリだ」と痛感しましたね。

 

── 追い詰められた生活を送る人に、他人や世界のことを考えろというのは難しいですよね。

 

堀さん:はい。そのころ、ちょうどライブドア事件で出所したばかりの堀江貴文さんとお話しする機会があって、「僕はこういうことをやりたい」と相談したら、「言いたいことを言うためには、全力で稼げ」とアドバイスをいただきました。

 

堀江さんの言うことは的を射ています。僕は市民ニュースメディア『8bitNews』を運営していますが、ニュース情報の帯番組のキャスターや映像制作をとおして企業向けにコンサルティングを行う事業にも本気で取り組み、本当にやりたいことのための資金を確保しています。

「市民メディア?何ができる?」同業者から批判も

── NHKをやめてから、TOKYO MXのバラエティ番組で司会をしている姿を見て「バラエティに進出?」と驚きましたが、2014年から平日朝のニュース情報番組でキャスターを続けています。

 

堀さん:NHK退局直後、TOKYO MXの名物プロデューサーの大川さんがとんできてくれました。「堀さんが目指している市民とメディアの連携は、MXが開局のときから掲げていた理念なんです。きっとMXなら堀さんがやりたいことができます。将来、報道へも必ず紹介しますので、ぜひ一緒にやりませんか」と。

 

キャスターに就任した『モーニングCROSS』(2021年~『堀潤モーニングFLAG』)では、番組放送中にTwitterで視聴者からのツイートを募り、画面下部分に視聴者のツイートを表示し、放送中に視聴者の意見としてとりあげています。

 

── 生放送番組で放送中に届いた視聴者からのFAXやメールを紹介する場面がありますが、進行を乱さないために無難な内容を選んでいるんだろうなって…。

 

堀さん:僕らの番組ではFAXやメールはありません。Twitter(現・X)で参加してもらい、パソコンの画面をそのまま放映もしています。どちらかというと、僕や制作サイドに対して批判的な意見、ゲストのコメントとは反対の意見、そして僕らが知らなかった事実などが寄せられれば、それを積極的に取り上げていきます。

 

独立後、ヨルダンのシリア難民キャンプで取材をする堀さん(写真:Orangeparfait)

── 堀さんがNHK入局時に描いた“双方向”を体現していますね。では、フリーになった一番の目的「視聴者が本当に必要とする情報発信」については、どんな活動を?

 

堀さん:だれもが情報発信者になれる世界を目指して、市民ニュースメディア『8bitNews』を立ち上げました。“情報の受け手”を脱して、だれもが自由にマスメディアを使って発信できる世界にしたいと考えたからです。

 

ところが当時、同業者からは「素人の発信者に何ができるか」と批判が殺到しました。取材現場でいやというほど、当事者の声こそ力だと知っているはずなのに。

 

── 直接経験した本人の声が一番強いですよね。しかし、それなりの発信をするには機材を扱うスキルや構成力などが必要なのも事実です。

 

堀さん:そのとおりです。そのため、取材力、撮影技術、編集能力、制作全般、発信力など向上のため講座や配信サポートも行っています。2021年からは撮影スタジオを設けました。市民の皆さんに使ってもらい、弁護士や起業家からNPO・NGOなどの市民団体まで、最近ではDSと呼ばれるダウン症のお子さんをもつお母さんたちと番組発信もしてます。

 

── 自前で撮影スタジオ!スタジオや機材がなくて発信できない人たちはたくさんいますものね。

 

堀さん:イギリスの国営放送BBCは、一般市民にスタジオを貸し出す試みなどもしてきました。放送局を市民が使える仕組みです。これは“パブリック・アクセス”という市民が公共の資源や財産にアクセスする権利の中に、テレビやラジオ局が使用する電波も公共の財産としてふくまれているからです。アメリカや韓国、ドイツでは、法律によって市民がテレビチャンネルや番組を運営する権利が保障されているんですよ。

 

“(情報への)アクセス権”は、“受信権”と“送信権”でなりたっています。でも日本では、災害時など特別な条件下以外で、この“送信権”は市民には認められていません。そんな状況を変えたくて、市民ニュースメディアに力を注いでいます。

 

僕たち『8bitNews』は、本来、公共放送が果たすべき市民発信の役割をサポートしています。

 

── 堀さんのYouTubeや『8bitnews』が扱うテーマは、生活者目線の困りごとから、障害、原発、スーダンやミャンマーのレポートなど多岐にわたります。何らかの意図があってテーマを選んでいるのでしょうか?

 

堀さん:「すべて“困っている人たち”の声を伝える」で一貫しています。困っている人たちがいるから、行って取材して発信するんです。既存のニュースのように、「国際」「生活」「経済」などで問題を切り分けると、「これは私には関係ない」と見過ごしてしまいませんか?

 

── たしかに、既存の切り口では無意識に取捨選択してしまうかも。これまでお話を聞いていると、信じる道を行こうとして圧力や批判にさらされるときもあったかと思います。堀さんは、そんなとき、どんなふうに乗り越えてきたのでしょうか?

 

堀さん:反対や批判もたくさん受けましたが、その一方で助けてくれる人がいました。人をおとしめるのも人、支えるのも人です。目の前の問題そのものの解決にはつながらなくても、ちょっとした他人の優しさに救われて、世の中捨てたもんじゃないなぁと何度も実感しました。

 

元気のないときや自分がどうすればよいか考えるとき、思い出す光景があります。NHKに入局してすぐ配属された岡山放送局で、山間部に暮らす高齢者の方々を取材したら、手を合わせながら取材のお礼を言われたんです。「こんな山奥まで取材にきてくれて、本当にありがとう」と。ここまで我々を信じてくれる人たちがいるなんて…。あの人たちを裏切ることはできません。

 

── 取材で出会った方々とのやりとりが、堀さんを支えているんですね。さて、NHKをやめてちょうど10年たちました。いまの心境は?

 

堀さん:NHKで12年過ごし、フリーランスになって10年たちます。慣れたことを続けるとオリがたまるので、そろそろまた新しいことをやらないといけないと、仲間と考えているところです。

 

PROFILE 堀 潤さん

NHKで「ニュースウォッチ9」リポーターや「Bizスポ」キャスター等、報道番組を担当。2012年、市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げ、現在はTOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」のMC等、報道・情報番組に出演、国内外の取材や執筆など多岐に渡り活動中。YouTubeチャンネルで配信中の時事問題を視聴者と共に学ぶ「堀潤のニュースのがっこう『週末報道』」では、双方向の学びを実践。

 

取材・文/岡本聡子 写真提供/堀潤、株式会社ノースプロダクション、8bitNews、幡野広志、Orangeparfait