「東日本大震災で気持ちが落ち込むなか、青森ねぶた祭でみた活気が忘れられなかった」。株式会社オマツリジャパンを創業した加藤優子さんは、会社員生活を捨てて新たな一歩を踏み出しました(全2回中の1回)。
震災直後の青森ねぶた祭で「祭りの力」に気づいた
──「お祭りを盛り上げる」ことを事業として取り組む会社は、とてもめずらしいと思います。代表取締役の加藤さんは、もともとお祭り好きだったのでしょうか?
加藤さん:お祭りは楽しいので好きでしたが、いまみたいに強い興味があったわけではありません。子どものころから大好きだったのは絵を描くことでした。「将来は絵描きになろう」と決めて、美大に進学しました。ところが、2011年の東日本大震災が起きて。そのときに「アートは人の心を癒やすかもしれないけれど、未曽有の災害の前では何もできない」と打ちのめされました。
転機になったのが、その年の青森ねぶた祭です。祖母が青森市に住んでいたこともあり、子どものころからなじみがありました。でも、2011年は震災直後で観光客も見かけず、「今年はさみしくなりそうだな」と感じていました。ところが、いざお祭りが始まってみると、地元の人がたくさん集まってきたんです。
有名なのは、「ねぶた」と呼ばれる華やかな山車です。でも、誰でも参加できて、山車の前で踊る「跳人(ハネト)」という人たちの存在も大きいです。当時、震災の影響で日本中が落ちこみ自粛ムードでしたが、お祭りに参加する人、全員が楽しそうで。「お祭りって、こんなにエネルギーがあって、みんなを喜ばせることができるんだ」と衝撃を受けました。
── お祭りの持つ力に気づいた瞬間だったのですね。
加藤さん:いっぽう、少子高齢化の影響で跳人が10年前にくらべ半減していることも知りました。参加者集めや資金繰りにも苦労していると聞き、「これだけ有名なお祭りでさえ苦戦しているのなら、小規模なお祭りはもっと大変だろう」と思いました。
じつは日本は1年間で約30万件のお祭りが開催されている「お祭り大国」なんですよ。経済的な影響も大きく、青森ねぶた祭は青森県のGDPの1%を稼ぐといわれています。しかも地域の人たちの心の支えにもなります。それをきっかけに、これまで勉強してきたアートの発想力や表現力をお祭りに活かしたいと思うようになりました。
高齢化に資金不足…全国のお祭りが危ない
── 大学卒業後、お祭りに関する会社を立ち上げようと考えたのですか?
加藤さん:最初は起業しようとまでは思っていませんでした。新卒で漬物メーカーに就職し、商品の企画開発、パッケージデザインを担当していました。ただ、仕事が忙しく、だんだんお祭りに行けなくなってしまって…。
そこで考えたのが、日本全国のお祭りをデータベース化して検索できるサイトを作ることです。地域と日にちを入力したら、どこでお祭りが開催されているかひと目でわかればいいなと思って。現在はこうしたサイトの運営ができているのですが、当時は作る技術も時間もありませんでした。
だからまずはFacebookで全国のお祭りを紹介したんです。すると、だんだんお祭り好きが集まり、気づいたら200人くらいのコミュニティに。休日は都合の合う人が集まってお祭りに行き、運営のお手伝いをするようになりました。それが現在のオマツリジャパンの前身です。
お祭りに深く関わっていくにつれ、どこも運営者の高齢化による担い手不足、マンネリ化による集客不足、資金不足などの問題があると実感しました。そこで、本格的にお祭りを仕事にして、支援していきたいと思うようになりました。
── 起業を具体的に考えるようになったのですね。
加藤さん:そのころにはビジネスの経験豊富な人やエンジニアなど、たくさんの仲間に恵まれていました。腕試しとしてお祭りを盛り上げるためのビジネスプランを考え、地域や企業の「ビジネスプランコンテスト」に参加しました。
当時考えていたのは、「商店街や自治体、企業とともにお祭りをプロデュースする」「SNSを活用して情報発信する」「外国人観光客や日本の若い人に向けて、参加型のお祭りツアーの企画・実施をする」といったものです。これらは現在もオマツリジャパンを運営するうえで大きな軸になっています。
コンテストでは評価してもらえ、たくさんの賞をいただきました。自治体などからも声をかけていただき、少しずつ仕事が増えていったんです。「これはいけるかもしれない」と会社を退職し、2014年に起業しました。
「100万円の観覧席」を販売!その中身とは
── 具体的に、これまでどんな施策をされてきましたか?
加藤さん:昨年は青森県庁との共同事業として、青森ねぶた祭で100万円の特別観覧席を販売しました。人混みにまぎれず、ゆったりと鑑賞できる高台の席を用意し、青森産の食事やお酒などを楽しんでいただきました。ねぶた師によるお祭りの解説も聞けます。観覧席から得た利益は、お祭りや地域に還元しました。
── 100万円ですか!?すごいインパクトですね。
加藤さん:おかげで話題になり、多くのメディアにも取り上げられました。とはいえ、お祭りはそれぞれ個性が異なるので、試行錯誤の連続です。100万円の観覧席は全国的に有名な青森ねぶた祭だからできたことで、規模が小さければ盛り上げ方が変わってきます。
たとえば、ファミリー層の多いマンションのお祭りでは、子どもたちが喜ぶ企画を考えました。昔ながらの縁日や、飴細工のワークショップなどです。若者が集まるお祭りではインスタ映えする演出をし、ときにはプロジェクションマッピングなども使用します。
こうした企画は、必ず地域の人と相談しながらおこないます。お祭りは地域にねざしたものです。だから、その土地の人ががんばりたいと思えることが大事だと思います。また、当社の「お祭りを盛り上げ、日本を元気にする」ビジョンに共感し、共催してくれる企業や、「お祭りを応援したい」と投資してくれる株主の方もいて、ありがたいです。
── 地域や企業を巻きこんでお祭りを盛り上げていくのですね。
加藤さん:そのとおりです。たくさんの人の力を借りることで、お祭りも活性化されます。その結果、経済が回り、多くの人が楽しい時間を過ごせる。めぐりめぐって、日本全体が元気になることにつながると信じています!
PROFILE 加藤優子さん
株式会社オマツリジャパン代表取締役。震災直後の青森ねぶた祭りに行った際、地元の人が心の底から楽しんでいる様子を見てお祭りの持つ力に気づく。同時に多くのお祭りが課題を抱えていることを知り、2014年起業。2児の母。
取材・文/齋田多恵 写真提供/株式会社オマツリジャパン