折りたたみ式の子ども用チェア「IKOUポータブルチェア」を開発した松本友理さんがこだわったのは「障がいがある子もない子も使えるインクルーシブデザイン」というコンセプト。その理由は──?
ものづくりで目指すインクルーシブな社会
── IKOUポータブルチェアのコンセプトである「インクルーシブデザイン」というのは、具体的にはどういうものですか。
松本さん:IKOUの商品開発は、障がいを持つ子どもとその親の抱える課題を起点に、当事者と一緒に検討していますが、そのプロセスそのものを「インクルーシブデザイン」と言います。
IKOUでは、それと同時に、健常児とその家族にもヒアリングや試作品のテストを行っていることも特徴です。そこには、健常児と障がい児が「ともに使える」プロダクトを世の中に増やしていきたい、という思いがあります。そうすることで、「障がい児を持つ家族とそうでない家族の隔たり」がなくなっていくと思いますし、IKOUポータブルチェアのように、外出を後押しする商品を通じて外出機会が増えると、いろいろな場所へ出かけて体験を共有することができるようになります。障がいがある子とない子、さまざまな家族の距離を縮めて、多様性が実感できるようにしていきたいと考えています。
── 商品だけでなく、社会のあり方にもつながる考え方ですね。
松本さん:そうなんです。ちょうどIKOUポータブルチェアを開発していたとき、私自身がその考えを後押ししてもらえる経験をしました。
3歳になった息子が保育園に入ったとき、息子を見て、同級生の子どもたちは「どうして歩けないの?」「どうしてしゃべれないの?」と率直に聞いてきました。先生が「いま練習しているんだよ」と説明してくださると、「そうなんだ」というふうに、歩く練習をする息子を支えてくれたり、意思疎通のために用意してあるカードを持ってきて「なにがしたいの?」と聞いてくれたり。子どもたちは、息子を自然に受け入れて、仲間として接してくれていました。
そういう保育園の環境のように、小さなうちからいろいろな特性を持つ子が一緒に過ごしていれば、お互いの個性や多様性を認め合う「インクルーシブな社会」は、自然に実現するんじゃないかな、と思います。
障がい児育児から得られる知見は、健常児の育児や高齢者の介護にも生かせる
── 松本さんの会社では、ポータブルチェアのほかに、スタイやキッズウェアも販売されています。
松本さん:スタイやキッズウェアも、インクルーシブデザインのアプローチで作ってきました。障がいがある子のなかには、口の周りの筋肉が未発達で、年齢が上がってもよだれが多い子がいます。でも、市販のスタイはベビー向けで、成長とともに機能的にもデザイン的にも合わなくなってきます。
求めるスタイがなかなか見つからないので、アパレル業界出身のスタッフを中心に、自分たちで作ることにしました。シンプルで洋服に合わせやすいデザインで、たくさんのよだれを吸っても乾きやすい素材を使っているので、よだれの量が多くても1日に何度も交換しなくても大丈夫です。
── 障がいに関係なく、よだれが多い子にはありがたいですね。
松本さん:そうなんです。よだれの量やスタイが必要な時期にも個人差がありますよね。
障がい児の育児で得た知見は、健常児の育児や、広くは高齢者の介護にも生かせると私は考えています。障がい児の成長はゆっくりで、ひとつひとつの段階に長い時間がかかるので、親は試行錯誤を繰り返しながら、深い気づきを得ることができるんです。私も、例えば子どもの食事に使うスプーンひとつにもたくさんの種類を試してきました。長く使うから、「使いたい」と思えるデザインにもこだわって選びますし。
障がい児の育児で学んだことや気づいたことを、社会のさまざまな商品やサービスに反映させられれば、より多くの人に喜んでもらえるプロダクトができると思っています。
── 今後はどのようなプロダクトを作る予定ですか。
松本さん:秋に向けて、より使いやすくアップデートしたスタイを販売する予定です。今、愛用してくれているユーザーさんに試作品を使ってもらって検証しているところです。私たちの強みは、IKOUのコンセプトやプロダクトに熱い思いを持ってくださるユーザーさんが多いことです。宝物だと思っています。
自分たちの経験や知見を生かして、いろいろな企業と協業することで、インクルーシブデザインを取り入れたプロダクトやサービスのマーケット自体を大きくしていきたいという思いもあります。これからも、ユーザーさんの声と自分たちの経験を生かして、さまざまな人の前向きな暮らしを後押しできるプロダクトを作っていきたいですね。
PROFILE 松本友理さん
株式会社Halu代表。株式会社トヨタ自動車で10年間、車の商品開発に携わる。脳性まひの息子さんの育児をきっかけに起業し、「IKOUポータブルチェア」を開発。スタイやキッズウェアも販売する。
取材・文/林優子 画像提供/松本友理