体幹が弱い子どもが安定して座れる「IKOUポータブルチェア」。開発した株式会社Haluの松本友理さんにお話を聞きました。

子どもに障がいがあってもなくても、家族の行動範囲を広げたい

──「IKOUポータブルチェア」を開発された経緯を教えてください。

 

松本さん:障がいを持つ息子を育てていて、「こんなポータブルチェアがあったらいいのに」と思ったことがきっかけです。息子は、生後8か月のころに「脳性まひによる運動機能障がい」と診断されました。息子のような運動機能障害がある子どもは体幹が弱いケースが多く、自力で座った姿勢を保てないので、市販されているベビーチェアが使えませんでした。

 

松本さんが開発した「IKOUポータブルチェア」
松本さんが開発した「IKOUポータブルチェア」

自宅にいるときは「座位保持装置」と呼ばれるハイチェアのような福祉機器を使っていますが、座った姿勢を保つ機能は優れている一方、非常に大きくて重量があり、外に持ち出すことはできません。外出先では、子どもをベビーカーに乗せたままにするか、親が抱くしか方法がなく、気軽に外出することが難しく感じました。

 

そもそも、障がい児だけでなくて、小さい子どもがいると行動範囲がどうしても狭まります。

 

ベビーカーでは入れないお店やスタジアムなど、おすわりが安定していない乳幼児を連れて行きづらい場所はたくさんありますよね。そんなとき、手軽に持ち運べて、子どもが安心して座れるイスがあれば、子どもも親も、もっと気軽に外出を楽しむことができます。「安心しておすわりさせられて子どもが快適なポータブルチェアがあれば、小さな子どものいる家族の行動範囲が広がるな」と思いました。

 

スタジアムなどレンタル利用のできる施設が増えてきている
スタジアムなどレンタル利用のできる施設が増えてきている

── 当初はひとりで起業されたのですね。

 

松本さん:私は新卒から10年間、トヨタ自動車で車の商品企画をしていました。当時からものづくりが好きでしたし、生活に身近なプロダクトには人びとの生活や考え方さえも変える力があるという、「ものづくりの力」を実感していました。この経験と、障がい児家族の当事者になったことで気づいたことを生かして、ものづくりをすることが自分の使命だと思ったのです。

 

トヨタ自動車を退職して起業したものの、私ひとりの力ではプロダクトは作れません。まずは各分野のプロフェッショナルを訪ねて、協力をお願いすることからスタートしました。私の使命感に共感してともに知恵を絞ってくれる仲間がいなければ、このプロダクトを完成させることはできなかったと思います。

 

── 開発にあたって、一番こだわったのはどんなことですか。

 

松本さん:「家族の行動範囲を広げたい」という思いを形にしたかったので、「障がいのある子もない子も使えること」と「手軽に持ち運べること」にはこだわりました。

 

そのためには、障がい者向けの補助金がなくても購入できる価格と、女性がひとりでも持ち運べる軽さが必要でした。設計前に、運動機能障がいを持つ子どもとご家族の生活をリサーチして、デザイン開発のフェーズでは100以上のアイデアを出しました。その中から何十個もの簡易試作品を作りました。

 

まずは、同じ大きさのダンボール箱にペットボトルを入れて、何本までだったら肩にかけて持ち運べるかを検証しました。女性でも億劫にならずに持ち運べるのが500mlのペットボトル6本程度だったのですが、試作中のポータブルチェアは、重量計算では4キロを超えてしまいます。

 

そこで、素材を変えたり、部品を減らす工夫を重ねました。構造をシンプルにして部品を減らせば、コストダウンにもなります。

 

試作品。安全性と機能性にこだわった
試作品。安全性と機能性にこだわった

とはいえ、安全性を保つ強度や、骨盤を安定させる角度を保ったまま座面全体がリクライニングできるティルト機能はどうしても譲れません。品質を落とさずに、シンプルなメカニズムに置き換えて部品を減らすという試行錯誤を半年ほど繰り返して、最終的に軽量化とコストダウンを実現させることができました。安全性を認証する「SGマーク」も取得しています。

 

── シンプルなデザインもすてきですよね。

 

松本さん:障がい児を育てる家族にリサーチをするなかで、「障がい児向けのプロダクトと明らかに分かるようなデザインには抵抗を感じる」という声があがりました。それは、私自身も感じていたことです。「障がい児だから」特別なものを使う、というのでなく、日々の生活に馴染む、自分たちらしいものを選びたいという気持ちがあるんですよね。

 

また、障がいの有無に関わらず、「ベビー・キッズ用品は、かわいらしいデザインのものが多いけれど、自分はよりシンプルでスタイリッシュなものが好み」という意見も多かったです。

 

そこで、デザインのコンセプトは、“Inside for children, outside for parents.”としました。座り心地や機能は子どもが快適さを感じられるものを、見た目は親が「持って出かけたい」と思えるものを、という意味です。

「これさえあればなんとかなる」の声に「開発してよかった!」

── ユーザーの方からの評判はいかがですか。

 

松本さん:「想像以上に小さくて持ち運びやすい」と好評です。「たたむとコンパクトになって、ベビーカーの下かごに入れられるのが便利」というお声もいただいています。

 

平らな座面で背もたれがあるものならどんなイスにも取りつけられますし、地面や床に置いて使うこともできます。「キッズチェアのないお店にも食事に行ける」「障がいのある子がいても、みんな一緒にキャンプへ行くことができた」と喜びの声をいただけるのはうれしいことです。

 

障がいがあってもなくても、子どもを育てる家族の行動範囲が広がって、いろいろな体験を共有できるようになるというのは、まさに私たちが「IKOU」のプロダクトを通して実現したい世界です。

 

あるユーザーさんが「IKOUポータブルチェアさえあればなんとかなる、というのがわが家の合言葉です」と言ってくださって、「開発してよかった!」と心から思いました。

 

今後も必要としてくださる個人のお客さまに届けて行くだけでなく、スタジアムや映画館・劇場・レストラン等の施設への導入も進めていきたいです。IKOUポータブルチェアが常設されていることで、「小さなお子さま連れのご家族を歓迎していますよ」という思いを伝えることにもつながります。

 

子育ては、親のモチベーションが大事ですよね。行動範囲が広がることで、「小さな子どもがいても、行きたい場所へ行ける、食べたいものが食べられる、家族一緒に楽しめる」というポジティブな気持ちを後押しできたらうれしいです。

 

PROFILE 松本友理さん

株式会社Halu代表。株式会社トヨタ自動車で10年間、車の商品開発に携わる。脳性まひの息子さんの育児をきっかけに起業し、「IKOUポータブルチェア」を開発。スタイやキッズウェアも販売する。

取材・文/林優子 画像提供/松本友理