東大在学中に一発合格で弁護士に。しかし、働き始めると仕事は散々で、過労でうつに。休職を繰り返すなか、39歳で自身が「発達障害」と知った弁護士が新たに踏み出した救いへの道とは(全2回中の1回)。

 

東大在職中に弁護士になった伊藤さんのいま

東大から弁護士に「中学時代は悲惨でした」

「自分は空気が読めない、友だちと話をしていてもピントがずれているとずっと感じていました。中学時代、授業中に先生が冗談で面白い話をしても、『先生、早く授業を進めてください!』と発言して、クラスメイトから白い眼で見られたり…」

 

発達障害の人を対象とした法律相談室をおこなう「日野アビリティ法律事務所」を立ち上げた伊藤克之さん。自身も表情やニュアンスでは他人の意図を取りにくく、コミュニケーションが苦手。中学生のときはクラスにとけこめませんでした。当時、伊藤さんは、先生の冗談は生徒が授業に飽きないための工夫だと理解できなかったのです。

 

「このようなできごとが重なり、“ガリ勉だから”と距離を置く同級生がいたり、運動が苦手でいじめにあったりすることもありましたが、高校は進学校へ。そして、教科書で水俣病公害被害者について知り、自分と同じ国に生まれながら不条理に苦しむ人がいることに衝撃を受け、弁護士を志しました」

 

また、自身がいじめを受けた経験も「弱者の味方になりたい」という原動力に。東京大学法学部に進んで人権問題のゼミに所属し、在学中に司法試験に合格。卒業後は弁護士事務所に就職し、労働事件などをてがけますが、伊藤さんに思わぬ壁が立ちふさがります。

 

「弁護士は依頼者の相談を受け、依頼内容や目的を整理しながら話を進める能力が必要です。依頼者とのコミュニケーションは予想以上に苦労しました。とにかく話が進まない。依頼者の本音や目的を聞き出せません。話が関係ない方向にいったり、どこが問題なのかわからなかったりすることが多くて…」

 

依頼者が弁護士に相談する時点で複雑、かつ、悪化した状況は多いですが、弁護士は最終的に依頼者が何を求めているか、どんな着地点が可能かを一緒に探らなければなりません。しかし、伊藤さんは依頼者自身が気づかないニーズや言葉にできない思いを、表情や言葉から読みとることに苦戦したそうです。

依頼者とかみ合わない理由が弁護士10年目に発覚

法律事務所に入って5年目、伊藤さんは過労からうつ病に。1か月間休んで治療し、職場復帰しました。しかし遅れを取り戻そうと焦る気持ちとはうらはらに心身ともにムリがきかず、本来のペースをなかなか取り戻せません。

 

「弁護士への依頼は、一般的に法律相談という形で面談してから決めます。しかし、訪れる依頼者のニーズや問題をつかめず、その後の受任(仕事として引き受ける)につなげられませんでした。その結果、自分の売上・収入も増えないという悪循環でした」

 

打ち手がわからず仕事がうまくいかない状態が10年近く続き、主治医は伊藤さんに発達障害の検査を勧めました。そして、39歳のとき、自閉症スペクトラム障害(ASD)と診断を受けました。

 

「結果を知って、やはりそうだったのか…と。弁護士なのに依頼者の悩みをうまく聞き出せないなんて、と長く自分を責めていましたが、自分のせいではないのかもしれないとポジティブに受けとめようと思いました。いっぽうでASDだとわかっても、この状況をどう好転させればいいのか、まったくわからなくて落ちこみました」

 

やがて、うつ症状が再発したため伊藤さんは2回目の休職を余儀なくされました。1年の休職期間中、伊藤さんは病院併設の職場復帰プログラムに通うなど、復職をめざして努力。同時に、知人に勧められて発達障害者の当事者会にも参加しました。

「自分も同じ」発達障害の人に寄り添える弁護士になりたい

月2回の当事者会には自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害など、発達障害を抱える人や家族が集まります。

 

「話の内容によっては感情的になる人もいて、最初は“とっつきにくい”印象を持ちました。でも、皆さんが自身の心身の波、悩みを正直に話す様子をみて、ずいぶん気持ちが楽になりました」

 

伊藤さんはこの会で、いまの悩みや今後の仕事や人生への迷い、とくにコミュニケーションを苦手とするといった経験を語りました。やがて半年が過ぎたころ、伊藤さんに変化が訪れます。

 

「みんな悩みながらも、人生を生き抜いていると知り、自分もがんばろうと。そして、発達障害の悩みを抱える人たちの力になりたいと考えるようになりました。発達障害当事者の自分だからこそ、できることがあるんじゃないかと」

 

弁護士登録から18年目の2018年、伊藤さんは発達障害者をサポートできる法律事務所を設立。現在、約3割が発達障害に関連して不利益をこうむる人たちからの労働・家庭内事案です。

 

子どものときから、空気を読めない、周囲にとけこめないと悩むこともありましたが、その経験が現在、発達障害の人たちに寄り添う原動力に。伊藤さんは現在も月2回、この当事者会に参加し続けています。

 

PROFILE 伊藤克之さん

1976年、神奈川県出身。東大法学部卒業後、司法試験に合格し、2000年に弁護士登録。39歳で自閉症スペクトラム障害と診断を受ける。その後、法律事務所及び発達障害専門の法律相談室、日野アビリティ法律事務所を開設。解決事件数は800件を超える


取材・文/岡本聡子 写真提供/伊藤克之