学校の先生は子どもと一緒で夏休みが長くて羨ましい…。「いえいえ、学期中より忙しい先生も」。そう話すのは、昨年まで10年間、小学校の校長を務めていた田畑栄一さん。先生は夏休み期間中、何をしているのでしょう。

 

子どもが登校していない夏休みの学校。先生はどうしている?

8月は大忙し「夏休み期間だからできることがある」

小学校はもうすぐ夏休み。とはいえ、休みになるのは子どもだけで、先生たちはいつも通り学校に来て仕事をします。

 

「夏休みは先生もずっと休みと思われがちですが、公務員として割り当てられている休暇は5日間だけ。年間のどこかで取れる『リフレッシュ休暇』の3日間をたして、土日をうまくつなげれば長い連休にはできますが…」

 

子どもの夏休み期間、先生たちは年次ごとの研修、教育研究会、ICT研修などに出席しているのだそう。県や地域単位で教育の足並みを揃えるための対外的な研修がたくさんあるといいます。それに加えて、学校単位で『校内研修』もしているのだとか。

 

「学期中に先生方を一堂に集めることは難しいので、校内研修も夏休み中にしかできないことのひとつです。大学の教授を呼んで研修をしたり、模擬授業を行ったり。ICTの研修も。校内研修が夏休み期間のメインかもしれません」

 

ここまで聞くと、夏休みの方が忙しそうにも思えてきますが、先生方にとってはインプットに最適な時間なのかもしれません。ほかにはどんな仕事があるのでしょうか。

 

「環境整備もあります。校長時代はパソコン室を会議室に改修したことも。床張りをして、ペンキを塗って、先生方や校務主事さんが手伝ってくれました。日数がかかる環境整備をしたり、ふだんできない草刈りをしたりもします」

2学期に向けての貴重な準備期間ではあるけれど

具体的な内容は田畑さんがいた学校の話ではありますが、夏休みも先生たちは子どもの教育のために時間を使っていることがわかります。そのほか、夏休みといえば2学期の準備も必要かと思いますが…。

 

「2学期の準備も夏休み中に行いますよ。まず、先生方は教材の研究をします。授業をするためには、自分が理解を深めなければいけません。研究発表会があったり、それに向けての指導案をつくったりなどの準備が必要です。あとは学級経営・運営。1学期うまくいかなかった部分をどう修正するかなど、各教科や道徳、総合の時間の準備が大きいですね。

 

さらに、先生方は自分が受け持つ行事などの準備がありますよね。体育主任だったら運動会の準備とか、特活主任だったら行事のプログラムをつくるとか。それらを夏休み期間中にしておかないと2学期に慌ててしまうので。小学校の先生って堅実な方が多く、皆さん、きっちり夏休みにやっているんです」

 

夏休みの学校のイメージ
夏休み期間中も先生は毎日のように学校に来て仕事をしている

しかし、田畑さんは「1学期で疲労が蓄積した先生もいると思うので、リフレッシュもしてほしい」といいます。

 

「せっかくなので、家族孝行とか親孝行とか、スポーツや旅行など、自分の健康のために時間を使ってくれるといいなと思っています。そのために、夏休み期間中に年休も使ってもらえたらと思います」

「宿題が原因で?」夏休み明けに自殺する子が多い訳

子どもにとって学校は楽しい場所であってほしいと願い、いじめや不登校はなくしたいのだという田畑さん。夏休みだからこそ注意していたことがあるのだとか。

 

「夏休み明けって、全国的に自殺する児童が増えるんです。大きな要因は3つあって、ひとつは1学期の人間関係です。担任の先生やクラスメイトとの関係で、いじめられたとか…。2つ目の要因は、夏休み中の生活リズムの崩れです。ゲームばかりしていて昼夜逆転して起きられないとか」

 

さらに、田畑さんは要因の3つ目に“夏休みの宿題”をあげます。宿題くらいで?と思うところですが、あなどってはいけないそう。

 

「宿題が大きな悩みになるようです。量が多すぎたり、やっていないと叱られるのではないかと思ったり…。まじめな子どもほど、追い詰められて苦しくなり、自殺を考えてしまう。私が校長のときは、7月に学校全体で自殺予防教育をやっていました。『苦しいことは誰にでもあるけど、必ず解決する。その一歩は相談することだよ』と、伝えてから夏休みに入ります。宿題も含め、苦しいときは相談すればいいと教えておくんです」

 

そのほかに田畑さんは校長時代、夏休みの後半に“命の登校日”と名づけて登校日を設けていたそう。子どもは除草作業を含めた環境整備という形で登校してもらうのだといいます。

 

「先生方には人間関係・生活リズム・夏休みの宿題、この3つが自殺の要因だと改めて伝えます。そのうえで、命の登校日に校長が子どもに『宿題をやってなくても大丈夫。やった人はもちろんえらい!でも、やっていないことに後ろめたさを感じて学校に来ないのはいちばん寂しい。学校は失敗してもいい場所なんだよ』と伝えるんです。

 

さらに「宿題はここまでにして、最後の夏を楽しんでください。夏休み最後の宿題は、笑顔で始業式に来ることです。待っています」と伝えます。その日は、除草作業を一緒にやるために来ている親御さんに向けても伝える意味があるんですよ。私の話を聞いて、親御さんも『宿題を絶対にやらせなきゃ』の思いがなくなり、気が楽になるわけです」

 

宿題が原因で命を落とす子どもがいるなら、宿題そのものを減らせばいい、もしくは子どもにやりたい宿題を選択させればいいと話す田畑さん。自分が好きなことを選んでやらせれば、『学校に行きたくない』と考える子どもは減るはずだといいます。

 

もうすぐ訪れる夏休み。田畑さんは、新学期に子どもが元気な顔を見せてくれることが何よりの望みだと目を細めます。元校長として、先生たちにはリフレッシュを、子どもたちには好きなことを思う存分してほしいと話してくれました。

 

PROFILE 田畑 栄一さん

元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。

 

取材・文/萌映(もえ)画像/PIXTA