担任の先生は授業でスケジュールがびっしり。でも、小学校の校長先生って何をしているの?この春まで校長を務めていた田畑栄一さんに「校長の一日」について聞いてみると…。
登校する子どもを校門で出迎える訳
「私の場合は電車で学校に向かいますが、朝の電車内で今日は何をしなければいけないか、校内での課題への対策の確認など、その日のプランを考えます」
学校に到着すると、職員室にいる先生たちに大きな声で挨拶をして入室したそう。トラブルが発生していた場合、その時点で先生が相談にくることも。朝の時間の過ごし方は校長先生によって異なりますが、田畑さんは校門で子どもを出迎えていたそうです。
「校門の近くに立ち、手を振って元気に『おはよう』と挨拶をしながら子どもを迎え入れていました。私は手を振ることでエネルギーを込めつつ元気に挨拶をしますが、子どもに挨拶の強制はしません」
出張などがない限りは毎朝続けていた田畑さんには、校門での出迎え中、悩みを抱えて登校する子どもから相談にくることもあったそう。
「元気がない理由はさまざまですが、なるべく解決してあげたい。だから、例えば忘れ物をして悩んでいるなら、学校で準備できるものは準備します。宿題を忘れたのなら、『担任の先生に言っておくから大丈夫。そんなことで悩まなくてもいい』と伝えます。相談することが大事だと、少しずつ教えていくようにしていました」
田畑さんはとにかく、子どもの『学校に行きたくない』気持ちをなくしたいのだと話します。自分が毎朝校門に立ち、子どもが相談しやすい環境をつくれるよう意識していたそうです。
「ケンカやトラブルがあったとか、しばらく休んでいたとか…登校渋りがありそうな子どもに対しては、意図的に『会えて嬉しいよ』と声をかけたり、ハイタッチをします。『大好きだから学校で待っている』『あなたの存在が大事』と伝え続けると、子どものほうから声をかけてくれるようになります。先生と子どもの信頼関係は、そうやってできていくものだと思います」
午前中はメール対応に追われながらも校内を回る
登校時間が終わると、週の初めは教頭と教務主任を交えた三役で1週間の流れを確認する打ち合わせを行っていたそう。
「気になる子どもや保護者の話題や会議をいつ設けるかなど、具体的に話し合います。ケースバイケースで教頭と校長で対応したり、担任を交えたり。そういうプログラムを1週間分まとめて打ち合わせしますね」
朝は三役のみですが、月曜日の放課後に30分程度の夕礼を設けて職員全体で情報共有を行っていたとのこと。
「働き方改革の観点からも、全体会議はなるべく減らしていました。打合せが終わると、校長室に戻って外部からのメールチェックを始めます。毎日、大量のメールがきていますから。校長が対応するものもあれば、教頭先生や教務の先生にお願いするものもあり、内容ごとに対応の割り振りをしますね」
例えば、教育委員会からの確認事項や生徒指導・いじめなどに関する調査、交通安全に関する対応のヒアリングなど、メールでの依頼内容は多岐に渡ります。午前中はほとんどメール対応で終わることも多かったそう。しかし、午前中の校務はそれだけではありません。
「午前中必ず1回は、教頭先生と各教室をまわっていました。施設設備が故障・破損してないかを確認する、校内の安全点検のためです。不備があればすぐに校務主事さんに修理をお願いします。学校で子どもに事故がないことが最優先ですから」
各教室をまわるのには、先生たちの授業を見るためでもあったと田畑さんは続けます。
「子どもが楽しそうにやっているかなど状況を見ながら、学校が目指す授業をつくれているかを見ます。先生方の授業力アップのためですね。でも、校長から助言されるとプレッシャーに感じるかもしれないと思って、改善点は教頭から伝えてもらっていました」
子どもが食べる前に「ひとり給食」をとる意味
メール対応と教室の見回りを終えると、あっという間に午前が終わります。田畑校長は、子どもたちよりも1時間ほど早く給食を食べるそうです。
「いわゆる検食です。校長室で孤独にいただきます(笑)。提供する前に異変を発見してストップをかけられるようにするためです。私が不在の際は教頭にお願いしました。検食をしてはじめて、安心して子どもに給食を出せるようになるんです」
昼休みは子どもたちに校長室を開放して、自由に入室して遊べる時間にしていたといいます。
「子どもにとっては、心理的安全性の担保は重要です。だから、気軽に校長室で遊んだり話したりできるようにします。トラブルがあったときに、相談しやすい人間関係をつくっておくことも大事です。校長や先生との距離が近いほうが子どもも話しやすく、心を開きますから。すると、たくさんの笑顔があふれていきます。いじめの対義語は、笑顔です。笑顔が増えれば、いじめはなくなるんですよ」
田畑さんは午後になると、再度、教頭先生と校内をまわっていたといいます。
「周回は安全点検や授業を視察する目的もありますが、教頭先生と歩きながら情報を共有する時間が重要なんです。『この先生は授業がうまい』とか、ふたりでまわると自分とは違う意見を聞ける場合も。教頭先生は右腕で、校長と教頭のコミュニケーションは学校運営にも大きく関わりますから」
その後は外部対応などの校務に戻り、学校をあとにするのはだいたい17時半ころ。校長先生の一日はあっという間に終わります。
次年度の準備に先生の異動…3学期は一番やることが多い
校長の仕事が増えるのが「年度替わりの時期」だそうです。次年度の方針を決めたり、人事異動があったりと、年間を通して一番忙しい時期だといいます。
「1月の時点で先生方と話し合って、4月以降のプログラムの方向性を決めます。学校教育目標を変えようとか、総合的な学習を3〜6年生の合同でやらないかとか。そういう企画を3学期の頭から始めるんです」
次年度の準備はおおよそ3か月かけて行うのだそう。さらに、この時期は人事異動があり、学校の教育方針、現在の状況、問題への対策…新任の先生に伝えなければいけないことも多々あります。
「3学期は、卒業式でお別れもあって感傷的になります。一番つらい時期でもありますが、涙を流さないように、毎年ぐっとこらえますよ」
日々の公務に追われる校長先生はあまり表からは見えないながらも、学校生活が円滑に進むように力を尽くしてくれているのです。
PROFILE 田畑 栄一さん
元・埼玉県越谷市立新方小学校長。小中学校教諭、埼玉県の指導主事を経て、2013年より小学校の校長を務めた。2015年からいじめ・不登校問題の解決に向けた取組として「教育漫才」の実践をはじめ、数々のメディアに取り上げられる。2017年には第66回読売教育賞優秀賞を受賞。現在は笑いのプロと教育の専門家が集まる「一般社団法人Lauqhter(ラクター)」に所属し、講演活動や研修講師のほか、教育に関する執筆活動を行う。
取材・文/萌映(もえ) 画像/PIXTA