「これはひどい!」はじめてゾンビ映画を観た岡本健さんはそのB級っぷりにあきれます。でも、ゾンビにのめりこんでいまや本を出したり、VTuberとして活動したり。いったい何者?(全2回中の1回)

 

VTuberとして超イケメンゾンビに変身する岡本准教授

「ゾンビ映画ってひどい」からハマった訳

日本で唯一、「ゾンビ学」を研究する岡本健さん。近畿大学で教えながら、VTuber“ゾンビ先生”として発信を続けています。岡本さんのゾンビ映画との出会いは、大学の中国文化概論の授業で先生から「中国カンフー映画を観るように」と言われ、DVDレンタルショップに向かったときのこと。カンフー映画コーナーの横にあるゾンビ映画が目にとまり、軽い気持ちで観たのがきっかけです。

 

「セットも作りも雑で質も悪く、ひどい!メジャーな作品ばかりを観てきた僕は『こんな世界があるのか!』と衝撃を受けました。でも、なぜかやみつきになり何本も観ていくと、友情や人生の悲哀を表現したり、人としてのあり方を考えさせられたりと、クリエイティビティに富んでいる作品もあり、宝探し感覚でした」

 

数百点ある岡本さんのゾンビ作品コレクションのごく一部

その後、大学院に進みアニメ『らき☆すた』などアニメの聖地巡礼を研究しつつ、ゾンビの論文も書いたのがきっかけで、2017年に“ゾンビ学”の本を出版。ゾンビはどんな存在で、人にどんな影響を与えるのかを考え続けています。出会いから20年以上が経過し、現在、教授室には300本以上のゾンビ映画が並ぶまでに。

 

自分が面白いと思うテーマを追求し、学問にした岡本さん。もの珍しい研究テーマに韓国の大学から講演依頼があるなど、国内外から熱い視線がそそがれています。

研究者として「ゾンビになりきる」イベントに参加

岡本さんは、研究者としてフィールドワーク(実地研究)を大切にしています。じつは、初めてアニメの聖地巡礼ツアーにフィールドワークとして参加し、『らき☆すた』ファンと話したときに、岡本さんはファン用語についていけず相手にしてもらえませんでした。これはリサーチしてのぞまないといけない、と反省したそう。

 

そこでゾンビを研究するならゾンビになろうと思った岡本さん。広島県の地域振興イベント『横川ゾンビナイト』でゾンビのフェイスペイントを施し、なりきって町を歩きました。

 

「地域振興では観光客は“お客様”、地域住民は“迎える側”、と線を引かれがちです。ゾンビという無個性の何ものでもない存在になることで、観光客と地域住民の境界があいまいになり、交流するきっかけがうまれやすくなります」

 

イベントでゾンビに扮する人たちは、立場や世代を超えて交流するツールとしてゾンビを活用しているのかもしれません。

 

「ハロウィンに渋谷でゾンビに扮している人たちが、ゾンビ映画を観たことがあるかはわかりません。もとを知らなくても、血色悪いメイクをして、よろよろ歩けばゾンビっぽいし、みんな仲間(笑)。このゆるさ、遊びの幅が広いところが皆さんに受け入れられる秘けつでは?」

「ゾンビの英単語本」は高校の教材にも!

岡本さんの研究はある企業の目にとまりました。2022年、参考書『自由自在』で有名な受験書籍の出版社と『極限状態から学ぶ!ゾンビ英単語 この英単語&英会話で生き残れ』を刊行することに。

 

この単語帳は「極限状態では、短くてわかりやすいセリフでないと生き残れない(素早く対応しないと襲われる)」というゾンビ映画に着想を得て、ゾンビの世界で繰り広げられるストーリーとそこに出現する英単語(重要英単語2000語以上を含む)で構成されています。

 

I don’t know exactly what it is. (それが何か正確にはわからない)

Protect yourself from danger. (危険から自分自身を守ってください)

 

上記のようにゾンビ映画にありそうなシーンと台詞がたくさん。一冊を通してゾンビストーリーとして完結しており、読み物としても面白いと好評です。もちろん、岡本さんによるゾンビ講座やコラムなど、読者を飽きさせません。この本は岡本さん主宰の「近畿大学ゾンビ研究所」の学生たちが制作を手伝いました。

 

「学生が『ゾンビ映画を観たことない』って言うから、好みを聞きだして『グロいのいけるんやったら、これやな』と作品をわりあてました。字幕を全部書きだしてもらって、ゾンビ映画に出てくる台詞を研究したんです」

 

近畿大学で行われた高校生とその保護者向けの『ゾンビ英単語』検定イベント

現在、東京の高校などで正式採用。帰国子女クラスでは、ロールプレイしながら楽しく英単語や文法を勉強できると評判です。大学を飛び出し、新たな一歩をふみだしたゾンビ学。次はどんな展開が待っているのでしょうか。

 

「いつか、ゾンビ映画を制作してみたいです。映画を作るって本当に大変ですが、僕自身、映画が大好きなので、人を楽しませたり、感動させたりできるゾンビ映画が撮れたら最高だなと。自分も脇役で出たいですね!わりとすぐにゾンビになっちゃって、いろんなシーンで遠くをウロウロしてるとか(笑)。

 

例えば、『ゾンビを完全に敵として描いて終わり』じゃない作品にしたいです。ゾンビ側の世界の面白さを描いたり、人間とゾンビが何かをきっかけに協力するバディものにしたり…。『人間とゾンビの相互作用』でどう変わっていくのか、そういう物語を描きたいです」

 

いまの社会では、物事に対するちょっとした価値観の差異でお互いに攻撃や排除しあう場面がよく見られます。ゾンビ映画で、そんなやりとりの滑稽さやむなしさを表現できたら面白い、と岡本さんは考えます。

 

「“他者”とどうすればうまく折り合いをつけて暮らしていけるのか、どうすれば、ただ敵対するのではなく、良い関係を築いて社会を前向きに進められるのか。こんなことを考えられる作品を生み出してみたいです」

 

PROFILE 岡本 健さん

近畿大学総合社会学部/情報学研究所准教授。専門はゾンビ学、アニメ聖地巡礼、観光社会学、コンテンツツーリズム学、サブカルチャー、バーチャルYouTuber、ゲーム。VTuber“ゾンビ先生”として『ゾンビ大学』講義やゲーム実況も行う。

 

取材・文/岡本聡子 画像・写真提供/岡本健