子どもが自分のからだを守るために本当に必要な知識がないがしろにされることへの危機感を訴える女性がいます。和光小学校(東京・世田谷区)で約20年前から性教育に取り組んできた北山ひと美先生にお話を聞きました。
「プライベートパーツって何?」あなたの子は答えられる?
── 今回、取材した2年生の性教育の授業では「からだのきもち」がテーマでしたが、北山先生は子どもたちに何を伝えたいと思われていたのでしょうか。
北山先生:世界中の誰もがもっているからだの「境界」と「同意」、「尊重」について子どもたちに知ってもらうのが大きな目的でした。
まず冒頭で、プライベートパーツについて触れました。和光小学校では、1年生で「からだの内側につながる大事な部分だから、パンツで隠れているところ、性器とおしりは自分だけが見たり触ったりしていいところ」と教えています。服を脱ぐ、パンツを脱ぐのはどういうときか考え、トイレ、お風呂や着替えなどのときと、お医者さんに診てもらうなど特別なときであることを伝えます。2年生の子どもたちにとっては復習なので「プライベートパーツって何だろう?」と聞くと、「口、胸、お股の部分」などと、どんどん手を挙げて答えていましたね。
── 自分のからだの大事な部分を「プライベートパーツ」と呼ぶんですね。
北山先生:自分のプライベートパーツを守るためにも知ってほしいのが、からだの「境界」です。「ここから内側には入らないでほしい」と思う自分の範囲を「境界線」と言います。
私が授業で子どもたちに「握手をしてもいい?」と聞いたとき、「いいよ」と答えた子が大勢いました。ここで子どもたちと実際に握手をすることで、私と子どもたちの境界線がきゅっと縮まります。
こんなふうに「からだの境界線から内側に入っていいか」を私がたずねたことに対して、子どもがOKを出すことを『同意』といい、こうした子どもの答えや気持ちを大事にすることを『尊重』するといいます。握手したときのように、同意をすることで境界線を縮めたり、逆に広めたりしながら人は生活しています。そんなことも今日は子どもたちに伝えたかったんです。
「性器とお尻は自分だけが見たり触ったりしてもいいところ」と伝える理由
── そのほかに伝えたかったことはありますか?
北山先生:「プライベートパーツである性器とお尻は自分だけが見たり触ったりしてもいいところ」と話すことがとても大事です。もし、大人が「そんなところ触っちゃダメ」と言ってしまうと、子どもは「自分のからだには触っちゃいけない汚いところがあるんだ」とネガティブに捉える恐れがあります。
伝えたいのは、「からだってすばらしいよね、すごいよね」ということ。からだは一人ひとり違うし、自分のからだは心地いい、人とふれあうことはすごく気持ちよくて楽しいこと。もし嫌な気持ちがしたときには、「自分は嫌だと思う」とはっきり言ってほしいことも伝えたかった。
── 誰かが同意を守ってくれなかったり、嫌な思いをしたりしたときに相談できると思える人を、子どもたち自身に書かせる場面も印象的でした。
北山先生:今回は『からだのきもち』(ジェイニーン・サンダース作、サラ・ジェニングス絵 子どもの未来社)を教材に使いました。「安全ネットワーク」といって、子どもの話を信じて聞いてくれて安全を守ってくれる人のことを表します。両親、祖父母、学校の先生など、思いついた人を実際に書いていくことで子どもの記憶に残り、何かあったときに思い出して頼ってもらえたらと思っています。
── 家族以外の人も「安全ネットワーク」に入るんですね。
北山先生:家族以外の人を一人は入れよう、とするのは、家族、親族による性虐待を想定してのことです。家族に限定すると、子どもがいざというときに逃げ場をなくして行き詰ってしまうことも考えられます。だから、「家族以外の人にも頼っていいんだよ」というメッセージを送ることで、さまざまな立場の子どもの救いになればと思っています。
「自分のからだは自分のもの」
── 和光小学校では、長年性教育に取り組み、数年前からは1年生から6年生まで「性と生の学習」カリキュラムができ、取り組んでいるそうですが、特にどんなことを大事にしていますか?
北山先生:まず、自分のからだのことを正確に知ることがとても大事だと思っています。同じキャンパス内にある和光幼稚園でも、子どもたちに性器の名称について話をしています。
小学校では、1年生の「からだたんけん」の授業でからだのさまざまな名称を知り、子どもたちの関心に沿って手の働き、骨のこと、歯のことなどに展開していきます。2年生ではからだの名称を復習しながら、「脹脛(ふくらはぎ)とか踝(くるぶし)とかはわからないけど、これは知ってる」という反応が返ってきます。性器が女の子と男の子で違うことや洗い方についても話をします。
── 自分のからだ全体のことを知ることが大事なんですね。
北山先生:そうです。からだのことがわかってこそ、自分でケアできるようにもなります。私が所属している教育研究団体ではこれを「からだの権利」と呼んでいますが、子どもたちに伝えたいのは、からだの権利をまず大事にしてほしいということです。
自分のからだは自分のもので、自分のことは自分で決めるということも含めて。また、具合が悪いときにはお医者さんに診てもらうなど適切なケアをしてもらえること、もしそれらができないときには、まわりにお願いすることも大事だと伝えます。
「ヨーロッパ性教育スタンダード」では0歳からを対象に
── 和光幼稚園から性教育を行っていますが、やはり幼少期から触れることが大事なのですか?
北山先生:はい。2009年にユネスコ(UNESCO)、および国連合同エイズ計画(UNAIDS)、国連人口基金(UNFPA)、ユニセフ(UNICEF)、世界保健機関(WHO)との共同で「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の初版が発表され、2018年に改訂版が発行されました。
日本では研究者の手によって翻訳出版されています。この「ガイダンス」では5歳以上を対象としていますが、2010年に世界保健機関(WHO)ヨーロッパ地域事務所とドイツ連邦健康啓発センターが公表した性教育の指針である「ヨーロッパにおける性教育スタンダード」では、0歳から始まる性心理的発達段階に沿って性教育の内容を示しています。
0歳の赤ちゃんは、よく手や足を動かしますよね?ああやって自分のからだを発見し、認識しているんです。2歳くらいになると、大人と子ども、男女の違いに気づくようになります。
0歳児から自分のからだを知ることが大事です。からだすべてについてどう学んで、相手と良い関係を築きながら心地よく暮らしていくか。そのための包括的性教育が子どもたちに必要なんです。
高学年への性教育が難しくなる理由
── 高学年の子どもたちへの性教育はいかがでしょうか。思春期に入る子もいて、素直に話を聞いてくれないような気もします。
北山先生:これまでの経験から気づいたことですが、小学3年生の後半くらいから子どもたちの性教育への反応が大きく変わります。
具体的には、小学3年の前半くらいまでは自分を生まれてきた存在として受け止めることができます。2年生の「たんじょう」の授業で出産体験をすると、「自分はこうやって生まれてきたんだ!」とまわりで応援している子どもたちもいっしょに感動します。受精の話をしても、素直に聞いてくれて反応も豊かです。
でも、性交、受精のことを小学校3年生後半以降で初めて聞くと、教室の中はし~んとしています。自分が性の主体者、やがては性行為を行う側として受け止めるからです。3年生前半までに生殖の性とふれあいの性を学ぶことが大切だというのはそういう意味です。
和光小学校では、ふれあいの性について、3年生前半までに「特別に大切な人とのあいだで行うこと」ということを学びます。その後、高学年で第三の性である「暴力の性」を学びます。
取材・文/高梨真紀 撮影/河内 彩