障がいをもつわが子のために「子ども用車いす」の啓発活動に取り組もうと、会社に辞表を出した本田香織さん(41歳)。ところが、意外な展開が待っていました(全3回中の2回)。

 

これが目印!「こども車いす」のマーク

娘の急な発作や入院が多く、眠れるのは2〜3時間の日々

── 本田さんは、子ども用車いすの啓発活動をされています。最初に取り組んだのは、どんな活動でしょうか?

 

本田さん:「子ども用車いすマーク」が入ったキーホルダーの作成と、啓発ポスターの制作です。ひと目で「ベビーカーではなく“車いす”」とわかるマークがついていれば、周囲からの理解を得やすいと思いました。シンプルですが、わかりやすく一番確実な方法だと考えたんです。

 

活動資金を得るため行ったクラウドファンディングが注目されて、多くのメディアに取り上げられることに。おかげでキーホルダーへの問い合わせも殺到しました。

 

クラウドファンディングと並行して2015年「一般社団法人 mina family」を立ち上げました。任意団体ではなく、社団法人の形をとったのは、活動が広がっていくにつれ、さまざまな立場の人と話をする機会も増える気がしたからです。その際、法人格であるほうがスムーズだろうと思いました。

 

── お子さんのお世話もあるなかで、クラウドファンディングや一般社団法人の立ち上げなどの活動は大変だったのではないでしょうか?

 

本田さん:2012年に生まれた長女・萌々花(ももか)は「ウエスト症候群」と診断され、肢体不自由・精神発達遅延があります。ひどい時期には発作が1日1000回を超えることもありました。昼夜問わず発作の対応をし、急な入院も多くあり、私の睡眠は2~3時間の日々でした。

 

萌々花さんの存在が精力的に活動する本田さんの原動力

でも、周囲の人からもたくさん助けてもらえました。出産後は以前から働いていた会社に復職する予定でしたが、娘の状態が安定せず、保育所にも通えなくなって、決まった時間に出社して仕事をするのが難しくなったんです。

 

だから、会社に「娘にこうした事情があるので退職します。今後は障がいや病気の子どもたちが暮らしやすくなる活動をするつもりです」と伝えたところ、その当時の会長が「ぜひ協力したい」と言ってくれました。以前、会長に近いポジションで仕事をしていたこともあり、私のこともよく知ってくれていたんです。「会社として社会貢献したいと思っている。よく知らない団体にお金を払うよりは、一緒に働いていた本田さんの力になりたい」と言ってくれて、本当にありがたかったです。

いままで知ってもらえなかった理由と私に巡ってきた使命感

── 会社員生活のなかで、つちかってきた信頼関係があってこそですね。

 

本田さん:当時の勤務先には、倉庫をお借りしたり業務の外注先を紹介いただいたりと、現在にいたるまで本当にお世話になっています。会社員時代はいくつかの会社に在籍しましたが、企業の管理部や秘書業務、新規事業の立ち上げなどに携わってきました。だから、子ども用車いすの啓発活動を行おうと思ったときも、具体的に何をするべきか、知識やノウハウはあったんです。

 

子ども用車いすの啓発活動は、私が最初に行ったわけではありません。以前から子ども用車いすを利用しているお母さんが新聞に投書をされたり、マークもいくつも作られていました。でも、子どものお世話で忙しいなどの事情があり、本格的に啓発に取り組める人がいなかったんです。これまで会社員として培ってきた経験を活かせる私が啓発活動をするべきだなと思いました。

 

患者家族会を主催したり、各地での講演活動も行ったりする本田さん

社団法人の立ち上げ当初から、事務処理からキーホルダーの受注作業、発送業務まで、ほぼひとりで行っています。個人情報を扱うから、そこは慎重にしたくて。だから、子どもが入院したときなど、対応が遅れることがあり、お客様にはご迷惑をおかけしたことも。キーホルダーなどを販売していますが、収入は少なく、安定していません。主な収入源は寄付や、講演した際の謝礼などです。

「駅員の態度も一変」国土交通省のガイドラインへの明記が転機に

── 活動を続け、実際にどんな変化がありましたか?

 

本田さん:知人が当時の厚生労働省の副大臣とたまたま知り合いでした。また、クラウドファンディングで注目を集めたこともあり、国土交通省などに陳情に行けることになりました。おかげで、2018年には国土交通省が取り決める、公共交通機関の「バリアフリー整備ガイドライン」に子ども用車いすについても明記されました。

 

このことにより、ガラッと駅での対応が変わりました。以前はどこでも介助を断られることがほとんどでした。ところが、ガイドラインに明記されたら、「子ども用車いすですね。わかりました」と、すぐに対応してくれます。

 

ルール化されると、こんなにも変化があるんだと驚きました。以前から公共サービスに関わる人たちが車いすについて知らないことは問題だと思っていたので、ガイドラインに明記してもらったのは念願がかなった思いです。国土交通省も子ども用車いすの啓発ポスターを作成し、駅に貼ってくれました。これも効果が大きかったと思います。

 

国土交通省や議員事務所にも何度も陳情に行った

── 子ども用車いすを取り巻く環境も、少しずつ変わってきているのですね。

 

本田さん:私の理想は「子ども用車いすのマークやポスターなんて必要ないね」といえる社会にすることです。わざわざマークをつけなくても、「何か事情があるんだな」と考えてくれる人が増えたらいいなと思います。

 

私自身も娘がいなかったら、子ども用車いすのユーザーが大変な思いをしているとは知りませんでした。「身近なところに、ごく当たり前の日常生活を送るのが大変な人がいる」とみなが気づくだけで、世の中は変わっていくのではないでしょうか。少しずつでも、自分ができることにコツコツと取り組んでいきたいです。

 

PROFILE 本田香織さん

2012年生まれの長女が生後6か月で難病の「ウエスト症候群」と診断される。肢体不自由・精神発達遅延のある娘のため、2015年「一般社団法人 mina family」を立ち上げ、子ども用車いすを多くの人に知ってもらうための活動、病気や障がいをもつ子どもとその家族へのサポート活動を行っている。

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/本田香織