家の周囲に店もない深い森のなか。富永美樹さん夫婦が生活の拠点を移した場所は自然のど真ん中でした。そこまでして移住した理由はなんだったのでしょうか。
富士山近くに移住「風邪もひかなくなって」
── 2014年に富士山麓の森のなかに家を建て、東京と山梨の二拠点生活をスタートされました。きっかけを教えてください。
富永さん:夫婦で15年くらい趣味のキャンプを続けていて、大自然のなかで過ごす心地よさに魅了され、「森のなかに住みたい気持ち」が募っていきました。夫もキャンプをしているときはすごく生き生きとしていました。
私も自然のなかにいると、心が穏やかでいることを実感して、「いまの私たちには自然のなかで暮らす時間が必要だし、そのほうが2人に合っているよね」と話し合い、富士山のふもとに山荘を建てることにしたんです。
── その場所を選んだ理由はなんだったのでしょう?
富永さん:家探しを兼ねて、いろんな場所にキャンプに出かけていたのですが、あるとき、富士山のふもとの森に行き、車を降り立った瞬間に「ここの森の匂い、すごくいいよね!」と、2人とも直感で気に入ってしまったんです。周囲には店もなにもない、深い森のなかなのですごく静かで、目の前には壮大な富士山が広がる絶景のロケーション。東京から高速を使えば、1時間半くらいで行き来できるアクセスのよさも決め手となりました。
── 森のなかの暮らしというと、ジブリ映画の世界を想像してしまいます。
富永さん:近いものがあるかもしれません(笑)。朝は鳥の声で目が覚め、夜、庭に出るとムササビが目の前を横切ります。ひんやりとした空気と木の香りを感じながら森のなかを散歩したり、富士山を見ながらランニングをするのは、最高に気持ちがいいですね。地元で採れた野菜などを使って庭でバーベキューをしたり、夜は夫婦で焚火を囲みながら何げない話をして満面の星空を眺めたり。時間の流れもゆったりと感じます。
── 心身がリラックスでき、健康にもよさそうです。
富永さん:2人とも以前よりも健康で、風邪もほとんどひかなくなりました。標高1000メートルで気圧も低いので、酸素が薄くて歩いているだけで高地トレーニングをしているようなもの。毎日、そうした場所でランニングをしているせいか、心肺機能が鍛えられているようで、昨夏に富士山に登ったら、けっこうハードに動いていたにもかかわらず、ほとんど息をきらすことなく登頂できました。
ただ、気圧が違うので、東京からポテトチップスを車に積んでいくと、到着する頃には袋がパンパンになっていたり、チューブに入ったファンデーションがドロドロになって飛び出してしまい、焦ることもあります。
自然のなかで暮らすと自分の悩みがちっぽけに思えてくる
── 2016年からは、「自然を守る大使」として、環境省の「森里川海アンバサダー」に夫婦で就任されています。
富永さん:すべての自然はつながっていて、その恵みを地域で循環させることで地球に優しい住みやすい環境をつくっていきましょうというのが「森里川海プロジェクト」です。温暖化対策や自然に寄り添う「こころのふるさと」づくりの推進などSDGsの啓蒙活動をイベントやメディアなどで発信しています。
富士山の森には、リスや野ウサギもいれば、キツネや鹿もいて、野生動物たちが共存しながら生きています。嵐の翌日には、大きな木が倒れて周囲の様子が変わるなど、自然の脅威も目の当たりにします。そうしたなかで日々過ごしていると、地球は人類だけで成り立っているわけではないんだな、生物の頂点に人間がいるのではなく、私たちも地球上の一部に過ぎないという当たり前のことに気づかされます。
── 森の中で自然に寄り添う暮らしをしてきた富永さんだからこそ、その言葉には説得力がありますね。2拠点生活をスタートしてから9年。どんなメリットを感じていますか?
富永さん:私にとって、東京は仕事をするところで、山梨は生活の場所。働く場所と暮らす場所が離れていることによって、気持ちの切り替えがしやすいと実感しています。仕事で悩むことがあっても、山梨に戻って雄大な富士山を目の前にしていると、ちっぽけなことで悩んでいることがバカバカしく思えてくるんです。「こんなこと気にしてもしょうがないよね」と気持ちがリセットされ、心がフラットになる。ストレスをため込むことがなくなりました。
富士山は私にとって、自分を正してくれる「心のよりどころ」のような存在です。つねに自分の在り方を問われているようで、襟を正す思いに。他人に思いやりを持てる人間でありたいし、想像力と多様性を大切にして生きていこうという気持ちが湧き上がってくるんです。こうした気づきも、森のなかの暮らしや富士山から与えてもらったもの。そんな場所を持てたことも、私にとって二拠点生活での大きな収穫でしたね。
夫の「キャンプしよう」が転機で生き方さえ変わった
── 森での暮らしが人生観を変えたのですね。
富永さん:30歳まで超インドア派で引きこもりがちだった私が、まさかこんな人生をおくるなんて、驚いています。私たち夫婦にとって、心が本当に求めるものを突き詰めていったら、いまの暮らしにたどり着いた感じですね。きっと私ひとりでは、こんなにワクワクとした楽しい人生にはなっていなかったと思うので、夫にはすごく感謝しています。
── 素敵な関係性ですね。夫婦の絆の深さを感じます。
富永さん:口にするのは少し照れくさいのですが(笑)、私がこうして好きなことに囲まれ、「いまが一番楽しい」と思えるほど人生が充実しているのは、彼が「キャンプしよう」と専業主婦だった私を連れ出してくれたから。そこから一緒にいろんな挑戦をし、楽しさや苦しさも乗り越えながら、いろんな思いを共にしてきたことが、いまにつながっているのだと思っています。
「私流の人生の楽しみ方のヒント」は、いつだって夫がくれたもの。ですから、私の半分は、彼でできているようなものなんです(笑)。
PROFILE 富永美樹さん
1998年、「シャ乱Q」まことさんとの結婚を機にフジテレビを退社。現在は、フリーアナウンサーとして、「東大王」などのクイズ番組や商品プロデュース等でも活躍。現在、東京と山梨での2拠点居住中。環境省「つなげよう、支えよう森里川海アンバサダー」を勤め、SDGs活動を発信している。
取材・文/西尾英子 撮影/伊藤智美 画像提供/スターダストプロモーション