営業畑でバリバリ働いていた1児の母・岡本直子さんは息子の姿を見て「布のランドセル」を作る会社を立ち上げ、軽さや機能性で話題です。ものづくりに込めた思いを聞きます。

 

小学校あるあるのひとコマ/詰め直し必至の「ランドセルの滝」(イラスト/ぴよととなつき)

喜びの声続々と「ランドセルをあきらめていたけれど」

岡本さんが開発したランドセル「NuLAND(ニューランド)」。購入者たちの声から、布製のランドセルが、個性を持つ子どもたちに受け入れられたことを実感したと岡本さんは話します。

 

「素材に布を採用したのは、軽くて環境にやさしいものにしたい理由からでした。ですが、実際に商品を使った子どもたちの声からわかったのは、布製だと軽いだけでなく、やわらかくて締めつけが少ないということ。布を使ったことで、あらゆるお子さんにとって使いやすいものになったと感じました。

 

子どもの体つきや気質は、人それぞれです。生まれつき体幹が弱いお子さんの場合、重いものを背負うと歩行のバランスを崩す原因に。また感覚が過敏なお子さんだと、素材が硬いものを背負うと締めつけを感じてイヤがる場合も少なくないそうです。そうした子どもたちに、布製の軽くてやわらかな使い心地がフィットしたという声をたくさんいただきました。

 

また、お子さんが特別支援学校などに通う保護者の方からは“一度はあきらめていたランドセルを子どもに背負わせることができました”という声もいただきました。軽さ以外にも、容量や生地の硬さなどの条件を考え、ランドセルをあきらめていたそう。そんなときに『NuLAND』を見つけて、たくさん物が入ることに加え、生地がやわらかく子ども自身がスムーズに背負える点を気に入ってくださったそうです。

 

素材選びや機能設計など、従来と異なる発想で作ったランドセル。それを通して、さまざまな個性を持つお子さんの選択肢を広げるお手伝いができたことが、何より嬉しかったです。こうした形で社会貢献ができ、作って良かったと改めて思えました」

ランドセルを通じて「価値観は多様」と伝えたい

岡本さんが「NuLAND」を通して伝えたいたこと。それは、決められた枠や固定観念に縛られず、“多様性を受容できる社会にしたい”メッセージです。

 

「極端に言うと、私はランドセルを販売したいわけではないんです。そうではなくて、ランドセル作りを通して新しい価値観を提案したいんです」

 

いまや、小学校入学の一大イベントとなったラン活。岡本さん自身、息子のラン活では祖父母からもらった入学祝いでランドセルを購入したももの、毎日重そうに背負う息子を見て、これまでと違う選択肢があっても良いのではと思うように。それが、新たなランドセル開発の起点となりました。

 

マチ幅を拡張させれば容量が増え、荷物の多い週末や週の始めには重宝すると好評

「人のライフスタイルや好みは違うのが当たり前。ランドセルだって、これまでのようなものを好む人もいれば、違うものを好む人もいる。それで良いと思っています。大切なのは、これまでの ”ふつう” や ”みんなと同じ” ではなく、自分の体型や生活、好みにあったものを選び取れること。

 

そして個性を尊重して、多様な在り方を否定せずに受け入れられる社会であること。そんな想いをランドセルに託して、これからの時代に生きる子どもたちにも伝えていきたいんです」

 

モノだけではなく、その先の社会の未来をデザインする姿勢が評価され、「NuLAND」は2022年に「グッドデザイン賞」や、日本最大級のクリエイティブアワードである「ACC」でもシルバー賞を受賞。子どもの身体にも環境にもやさしく、多様性のある社会の実現に貢献するプロダクトとして、広く認められました。

「年齢も肩書きも関係ない」転職先で知った無意味なバイアス

岡本さんがランドセルに込めた想いは、これまでの自身の体験に背中を押されるものでもありました。

 

新卒から営業畑でがむしゃらにキャリアを積んできた岡本さん。何回かの転職を経て、海外に資本を置く企業へ。日本とのカルチャーの違いを感じるなかで、これまでの ”当たり前” が次々と覆されていったと話します。

 

急な雨でも対応できるよう水や汚れに強い生地を使用し、背中はメッシュ素材にして夏場も快適に

「外資企業では性別や年齢、肩書きの枠を超えて、誰もが自由に能力を発揮できるチャンスが与えられました。会議ではおもしろいアイデアなら、正社員もアルバイトも関係なく即採用。反対に、ムダな資料作りや会議があれば即廃止。

 

その会社では海外支社とつねに仕事をしていたのですが、海外では子育てをする人たちが家事をアウトソーシングするのも当たり前で、産後、短期間で職場に戻ってくる女性も多くいました。

 

そうした環境に身を置くことで、これまで自分でも気づかなかったり、凝り固まったりした考えやものの捉え方が、一変するのを感じたのです」

 

その後、自身が母となり、ママ向けのSNSメディアの運営に携わることとなった岡本さん。そのなかで「女性だから」「ママだから」という無意識のバイアスを外し、一人ひとりがもっと自由に生き方を選ぶことができれば、社会全体がより成長できると改めて実感するように。

 

「世の中のあらゆるところに存在する偏った常識や固定観念。それを一つひとつ問い直しながら、多様な価値観や新しい考え方を尊重できる社会を自分自身でデザインしていく必要があると思いました。『NuLAND』がそのきっかけのひとつになればなと。この先も、自分の身近なところから取り組んでいけたらと思っています」

 

PROFILE 岡本直子さん

合同会社RANAOS代表。数社での営業業務を経て、ママ向けSNSメディアを運営する企業の執行役員に。2021年に起業し、ランドセル事業を展開。

 

取材・文/木村和歌菜  写真提供/合同会社RANAOS