低学年の小学生の登校姿。ランドセルの重さであっちへこっちへと揺られています。そんなわが子を想い、これまでにない軽い布製ランドセルを開発した女性がいます。

ここまで進化した!新時代のランドセルは開閉もラクに
ここまで進化した!新時代のランドセルは開閉もラクに

8割以上の親が「ランドセルが重い」と感じている

長男が小学校に通い始めたばかりの2020年夏、岡本さんが気がかりだったこと。それは、毎日重いランドセルを背負って登下校している幼い息子の姿でした。

 

小さな体に大きな負荷がかかる様子は過酷で、猛暑による熱中症も心配でした。そんななか、近所の子どもが、ランドセルではなくリュックを背負って身軽に登校するのを目にします。

 

「ランドセル以外の選択肢があることに、そのとき初めて気づきました。それでスクールバッグを新たに買い換えようと探したのですが、機能性やデザイン性が備わった納得のいくものが見つからなくて」と岡本さん。

 

当時、岡本さんはママ向けのSNSメディアを運営する企業に勤務。そこで、まずは子どもたちのランドセル事情について、アンケート調査を実施しました。

 

有効回答数はのべ8094名にのぼり、じつに8割以上の親が「ランドセルが重すぎる」と回答。さらに「実際に荷物が増える曜日は5キロ以上にもなる」と答えた親が、7割以上にのぼりました。

 

開発したランドセルは内側には1リットルの水筒を収納できるポケットがあり、タブレットや鍵などの専用収納スペースも

「そこで、教育評論家の尾木直樹さんに取材したんです。すると、近年ランドセルがここまで重くなった背景として、教科書に使用する紙質が変わり、学習指導要領の変更でページ数が増えたことなどが影響しているとのことでした。

    

また、アメリカの小児科学会によるガイドラインでは、子どもが持つ荷物として適した重さは、体重の10〜20%以内なのだそう。これに対して先ほどのアンケートでは、約8割がランドセルの重さが体重の20%以上になっていると回答。子どもたちの身体に過度な負担がかかっている現状を知りました」

 

自分と同じ思いを抱える親子はたくさんいると確信した岡本さん。当時所属していた会社の通販部門で、オリジナルのランドセルを開発しようと決めたのです。

 

しかし、実際にゼロからものづくりに取り組んでみると、することは膨大で業務の片手間にできないと痛感します。

 

「やるからには、ちゃんとしたものを世に出したい。いま取り組まなかったら後悔する。そう考えて会社を辞め、ランドセルを製造販売する会社を立ち上げました」

革から布に変えて約40%もランドセルが軽くなった

岡本さんが開発においてこだわったのは、「機能性」「環境への配慮」「デザイン性」、この3つの両立です。

 

「ビジネスでは、優先順位をつけて何かをあきらめることってよくあると思うのですが、自分で作るからには絶対に妥協したくなかったんです」

 

まずは軽さの追求と環境へ配慮する観点で、素材を探し始めました。その結果、循環型リサイクルポリエステル「RENU(R)」という布の素材が見つかります。

 

「ランドセルは子どもの未来を担うものですから、環境に優しい素材を使いたい思いが最初からありました。RENU(R)は、使い終わった古着や工場での生産時に出た布製の生地が原料。『ランドセル=革』というそれまでの常識をくつがえし、布素材を採用したことで軽量化を実現しました」

 

本格的な革製のランドセルの場合1500gほどの重さになることも少なくないなか、岡本さんの開発した「NuLAND(ニューランド)」は、発売当初896gにまで軽量化を実現できたのです(2023年時点の最新モデルは、各機能の改良により約920g)。

 

ブックバンドで教科書やノートなどをまとめ、体幹に近い場所に固定することで、重さを感じにくいつくりに

さらに、多くのママや子どもへのヒアリングを重ねて、リアルな意見をすくいとって試作を重ねました。

 

「開発会議では、月曜と金曜は荷物が増えすぎて『まるで修行僧のよう』という声もあがりました(笑)。両手があかないことやランドセルの両脇に荷物をぶら下げて登下校することで、事故につながらないかと心配する声も。

 

そんなママたちの声を受けて目指したのは、軽いだけでなく大容量のランドセル。マチ幅を拡張できる機能を追加したんです。教科書やノートのほか、体操着袋から上履き、お弁当、リコーダー…すべて収納できるようにしました」

 

そして最後まで苦労したのは、デザインをあきらめないことでした。

 

「実際、最初にあがってきたサンプルは充実した機能の反面、オシャレではなかったんですよ。でも、やっぱり新生活に憧れのランドセルを背負いたいという、お子さんやご家族のドキドキやワクワク感のある願いは叶えたかったんです。

 

ランドセルならではの丸みのある美しいフォルムを出すために、商品の販売開始後もサンプルを作り直して微調整を続けました」

 

こうして2021年3月に発売をスタートした「NuLAND」。子どもの身体にも環境にも優しい次世代ランドセルとして、多くのメディアから注目を集めます。

 

購入した親子が喜ぶ様子もSNSに次々とアップされるように。同年11月には、イギリスでも販売されて話題となりました。

たった1年「逆算思考」で開発から販売までこぎつける

2020年の夏にランドセルの開発を思い立ち、翌年1月には起業。そして3月には完成した商品の販売をスタート。 

 

現在はECサイトに加え、全国各地の百貨店で行われるポップアップストアや、東京・代官山にオープンしたショールームに多くの親子がやってきます。信じられないほどのスピードで、岡本さんは想いを具現化してきました。

 

「1年足らずで発案から販売までこぎつけたことを話すと、周囲の人たちからは嘘でしょ!?と驚かれることも(笑)。でも、ゴールを決めてしまえば、あとは逆算して前に進めるしかありません。

 

とにかくすべてを同時に動かしていくために、デザイナーや職人、広報担当者など各分野のプロに力を借りてここまで形になりました」

 

岡本直子さん

布製ランドセルを販売するメーカーも徐々に増えてきた昨今。「NuLANDが社会の選択肢や価値観を広げる、ひとつのきっかけになれていたら嬉しい」と岡本さんは話します。

 

「これを機に置き勉やデジタル教材の導入も、もっと進むべきだと考えています。ランドセルを起点に、子どもたちがいきいきと学校に通えるよう、これまでの常識を根本的に変えていけたら嬉しいです」

 

PROFILE 岡本直子さん

合同会社RANAOS代表。数社での営業業務を経て、ママ向けSNSメディアを運営する企業の執行役員に。2021年に起業し、ランドセル事業を展開。

 

取材・文/木村和歌菜  写真提供/合同会社RANAOS