フランスで研修時代の土井光さん
フランスで研修時代の土井さん

もともと、料理の知識がほとんどなかったという土井光さん(31)。フランス滞在や帰国後の父親との仕事などの経験から、料理の基本的な心構えに気づかされたそうです。

料理の仕事は考えていなかった

── 土井さんは小さいころ、料理に興味はありましたか?

 

土井さん:あまりなかったです。どちらかというと、料理の仕事はしたくないと思っていました。忙しい両親をみていて、大変そうだという印象が強かったもので。

 

大学は、海外の文化に興味があったのでフランス語学科に入りました。そこで3年次に1年間フランスへ留学をしました。そのとき初めて、食べること、作ることへの興味が出てきました。

 

── 何かきっかけがあったのですか?

 

土井さん:フランスには、日本ではあまり見ない食材がたくさんありました。たとえばアボカドは今では珍しいものではありませんが、当時の私には初めて見るものでした。家でも食べたことがなかったので、食感や濃厚な味に驚きました。

 

そんなふうにいろいろな新しい感覚を知ることが、すごく楽しかったんです。フランスはパンもただ硬かったりモチモチしてるだけではなくて、香りがあったり、濃厚だったり。知らないおいしさがたくさんありました。

 

それに興奮して、「中身はどうなってるんだろう」「どういうふうに作るんだろう」と興味が沸きました。

 

エクアドルでフランス時代の友人らと土井光さん
エクアドルでフランス時代の友人らと

フランス・リヨンの学校へ

── 料理を作りたいというより、裏側を知りたいという好奇心でしょうか。

 

土井さん:好奇心です。料理の勉強をするために、料理学校へ行こうと思いました。ただ、こんな家だから日本の学校に行ったら、少なからず目立ってしまう気がして、どうすればいいか悩みました。

 

それならフランス語が話せるから、フランスに行けばいいとひらめいたんです。大学4年の夏休みに各地方の学校を見学して、リヨンのポール・ボキューズ学院に決めました。

 

── フランスの料理学校へ行くことに、ご両親はどういう反応をしましたか?

 

土井さん:母には、厳しい世界だから、よく考えたほうがいいと言われました。でも、学校のこと、やりたいことを説明するうちに、だんだんと応援してくれるようになりました。

 

父は「やりたいことをやれば」という感じでしたが、すべてが決まったころに「僕も昔、リヨンの料理学校で勉強をして」という話を聞きました。「もっと早く言ってよ」と言ったら「忘れていた」と(笑)。

 

── 奇しくも、お父さまと同じような道に進んでいたんですね。

 

土井さん:父は自分の話をしない人だったので、それを聞いたときはびっくりしました。そのころ初めて、深い話をしたかもしれません。

 

フランスの学校に行く直前、父と一緒にバルセロナマラソンを走ることになったんです。練習のためにふたりで走るようになって、これからのことなどをいろいろと話しました。進路は決まっていましたが、だからこそ、軽い気持ちで話せましたね。

 

料理学校の卒業式でご両親と土井光さん
料理学校の卒業式でご両親と

何も知らないことに気がついた

── フランスでのひとり暮らしは、大変ではなかったですか?

 

土井さん:ずっと母のご飯で育ってきたので、お米の炊き方も知りませんでした。最初の1年は、実家に電話したり本を参考にして自炊していました。学校には30か国くらいの生徒がいて、日本人は私ひとりだけ。日本のことは、私が何でも知っているとみんな思っていたようで、いろいろなことを聞かれるんです。

 

でも、なぜ味噌に赤と白があるかさえ知らない。みんなは自国の食文化をよく知っていて、聞くとすごい勢いで答えてくれます。私も外国人からの質問に答えられないとカッコ悪いなと必死で調べました。それがきっかけで、日本食の良さを改めて感じました。

 

── 土井さんは、どんな日本食を小さいころから食べてきましたか?

 

土井さん:朝はいつも母がご飯を炊いてくれて、冷やご飯や加工食品を使うことはありませんでした。東京のど真ん中だけど、野菜など鮮度のよいものを取り入れてくれていたし、調味料も気をつけていましたね。添加物が入っていないのはもちろん、醤油、みりん、酒、砂糖、塩くらい。両親が、何より私の健康を考えてくれていたからです。

 

土井光さん作のおこわのお稲荷さん
土井さん作の「おこわのお稲荷さん」

料理は肩の力を抜いて

── 今の日本の料理は、いろいろと加えすぎのような気がします。

 

土井さん:手の込んだ料理とか、ちゃんとしたレシピとか、そういったことにフォーカスしすぎている気がしますね。料理は生活のなかの一部と、肩の力を抜いて考えること。そして、日本の昔からの知恵や習慣が日本料理には反映されているから、その根っこの部分を知ることも大事なのかなと思います。

 

フランスにいたころ、フランス人のほうが肩の力を抜いた料理をするな、とよく思いました。友達と集まってご飯を作って食べるとき、特別に難しいことはしません。パンとサラダ、スープ、パスタがあるくらい。その感覚をすごくいいなと思うんです。

 

あるもので適当にパパッと作ってそれでいいじゃん、という。冷食や総菜を使わず、自分の家で普通にしていることをそのままやっている人がすごく多い。それを見てから日本に帰ってきて父の「一汁一菜」の話を聞くと、一緒だなと思います。


── 今、7年ぶりに日本で生活してどんなことを感じますか?

 

土井さん:もっとフラットに、朝起きて顔を洗って掃除をして、という生活の流れのなかに料理が入っているのが理想だなと思います。ひとつひとつ体調を整えることのなかに「料理をすること」を入れておけば、リズムができて、大きなストレスは感じないはず。

 

今の時代、何が起こるかわからないと思います。たとえば災害があって、何もないところで自炊をしなければならなくなったとき、今あるものでサッと自分の食べるものを作れる力があると強い。自分のことを守る武器として、料理を作れるようになるのはとても大事だと思います。

 

PROFILE 土井 光さん

どい・ひかる。1991年、大阪府生まれ。大学卒業後、フランスで料理を学び、レストランなどに勤務。帰国後、父・善晴さんの「おいしいもの研究所」のアシスタントに。父との共著に『お味噌知る。』

写真提供/土井光