盲導犬は子犬のとき、「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティア家庭で育てられます。ペットを飼うのとは違った関わり方をした家族に300日の喜びと苦労を聞きました。
まさかの夜泣きに悪戦苦闘する日々
2023年1月までの約1年間、盲導犬候補の子犬を育てる「パピーウォーカー」としてオスの子犬・リアンを自宅で預かった高梨利恵さん家族。委託された直後は日本盲導犬協会の訓練士が自宅まで訪問して、2時間ほど子犬との接し方を教えてくれました。
「その後も月に1回は協会主催のレクチャーに参加し、訓練士の方から月齢に応じた遊び方や家庭内でのマナーの教え方などをきめ細かく教えてもらいました。それ以外にも、困ったことがあれば協会へ電話やメールで相談もできました」
もともとは犬に関心がなかった高梨さん。最初に生後2か月のリアンに対面したときは、何の感情も抱かなかったといいますが、一緒に暮らし始めて1週間ほどでかわいくてしかたがなくなったといいます。とはいえ、犬と生活するのは初めて。わからないことだらけで、苦労も少なくありませんでした。
「最初にとまどったのは、リアンの“夜鳴き”です。娘が赤ちゃんのときは夜泣きをしなかったので、どうしていいかわかりませんでした。抱っこしてあやすと眠ってくれるものの、寝場所(ケージ)に戻すと、また夜鳴きが始まります。
子犬の誤飲防止や盲導犬になってから盲導犬ユーザーとホテルなどに宿泊した際に勝手にベッドなどへ乗ることがないよう、子犬と一緒に眠るのは禁止されています。家族で相談して交代で対応することにしました。まさに人間の赤ちゃんを育てるのと同じ感覚です。じつはリアンをお迎えする前、私は仕事をしていました。でも、リアンとの生活に慣れるまで数か月お休みをいただくことに」
「ケガも誤飲も細心の注意」ペット以上に大切なこと
パピーウォーカーとして子犬を預かるのは、生後2か月から1歳になるころまで。人間でいうと、赤ちゃんから思春期を迎える時期にあたります。
「ずっとひざで寝ていたのが、急にプイッとそっけなくなる時期もあって、“反抗期に入ったのかなあ”と家族で話すこともありましたね。成長してからは、身体が大きいので力も強く。リアンはひもを引っ張りっこするのが好きだったのですが、全力で遊ばないと転んでしまいそうでした」
リアンにたっぷり愛情を注ぎ、日々を過ごした高梨さん一家。パピーウォーカーの役目は、子犬に「人間と過ごすのは楽しい」、「ほめてもらうのは嬉しい」と教えることです。だから、いつでもほめて、遊ぶ時間をたくさんつくりました。とはいえ、リアンは“ペット”ではなく、“盲導犬候補”の子犬です。そのため、接し方には気をつける部分がたくさんあったそうです。
「基本的にはペットのように可愛がっていましたが、排せつの仕方をしっかり教えたり、決められたフードをあげて健康管理を行ったり、盲導犬になるために必要なことはきちんとしました。また、実際に盲導犬ユーザーが盲導犬と会話をするときに使う言葉にも慣れさせました。盲導犬のお仕事は、道の角や段差などをユーザーに教えることなのですが、ちゃんとお仕事ができたら、ユーザーが“グッド”と言ってほめるんです。盲導犬はそれがうれしくて、またほめて欲しいから、次の角などがあった場合もユーザーに教えるみたいなんです。だから、私たちもちょっとしたことでも“グッド、グッド”とほめていました。
私たちとお別れしたあとは訓練士さんとの訓練が始まるので、私も“ちょっとはいいかな”と甘やかすのではなく、つねにブレない態度で接するようにしました。神経を配ったのは、ケガと誤飲をしないことですね。ティッシュなどを食べて手術とならないよう、リアンが家に来てからは床に物を置かないように生活しました」
犬が生活の中心に「私たちが楽しませてもらった」
リアンと過ごすことができる間は、たくさんの思い出をつくることにした高梨さん。子犬は狂犬病などのワクチンを接種して外出できるようになってからは、毎月のように出かけることに。車で旅行をしてペット可の宿に泊まったり、山で遊んだりしたことが多かったといいます。
「調べてみると、犬と一緒に乗れるケーブルカーなどもあるんです。意外と犬と一緒に旅行もできるし、楽しめる場所がたくさんあることを知りました。一緒にいられる期間が決まっているので、たくさん経験をさせてあげよう、喜ばせてあげようという気持ちが強かったです。
パピーウォーカーになると、子どもがもうひとりできた感覚です。リアンが来る前までは不安ばかりでしたが、いまとなっては楽しい思い出ばかり。それまでは、約10か月でお別れしないといけないのはさみしいと考えていました。
でも、期間が決まっているからこそ、充実した時間にしようと前向きにとらえるように。リアンにとっても、私たちと過ごした時間が素敵な記憶となり、人間が好きになるきっかけになっていたらいいなと思います」
取材・文/齋田多恵 写真提供/公益財団法人 日本盲導犬協会