ウェブ上で書いた文章がバズって会社員から作家に転身した岸田奈美さん。SNSの誹謗中傷を気にしないのは、ダウン症の弟を育てる母の姿から学んだことが大きいと話します。(全4回中の3回)

 

岸田奈美さん

「最近のツイッターは炎上ばかり」と言われるけど

── 岸田さんは小学生の頃からネット掲示板に慣れ親しんでいたそうですが、ネット世界の変化をどう見ていますか。

 

岸田さん:最近のツイッターは炎上ばかりとか言われていますが、単純に人が増えただけだと私は思っています。インターネットを使うのに慣れていない人が増えただけ、とも言えるかもしれない。

 

SNSに投稿するって、簡単なようで実はけっこう高度なコミュニケーションなんですよ。自分の独り言を他人に見せながら言うのは、意外と難しいことなので。

 

2ちゃんねるやmixiが全盛の時代は「あなたと私の世界は別にあるものだけど、繋がるところがあったら反応して気軽にコメント残しましょうね」といったネットマナーがあったんですよね。

 

でも今はツイッターという場所を楽しむよりも、マナーは関係なし「自分のなかの煮えたぎるこの思いを聞いてくれ!」とガッと吐き出す人が増えて、そうした声が誰の目にも入りやすくなっているんだろうな、と感じています。

 

── 岸田さんも現在のフォロワー数は17万人超と、一般の方と比べると桁違いですが、嫌な思いをすることはありませんか。

 

岸田さん:投稿に対する攻撃的なリプライやネガティブな反応、という意味では、私は多分めちゃくちゃ少ないほうだと思います。応援とか、おもしろがってくれる声とか、温かい声が多いですね。

 

でもこの先、表立った失敗をすれば、皆からワーッと叩かれることもあるかもしれない。フォロワー数と味方の数はイコールじゃないですから。

 

「死ね」とリプライが来たこともあるし、「キラキラ家族のことを書いて注目を集めるなんて感動ポルノだ」と叩かれたこともあります。でも、だからといって怖さも別にないんですよ。怖くもないし、別に傷つきもしない。

 

それよりも、「この人はなんでそのことをわざわざ私に言いに来ないと気が済まないのだろう」と考えちゃいますね。

 

「言葉の下に渦巻く感情」を教えてくれた母

── 冷静ですね。いつからそんなふうに客観的に見られるように?

 

岸田さん:仕事もあるけど、やっぱり家族の影響が大きいかもしれません。

 

うちのお母さんはなんでも笑いに変える大阪人ですけど、私が高校生のときに大動脈解離が原因で下半身不随になったんですね。

 

手術が終わった後、お母さんは「命だけでも助かってよかったわ」と笑っていたんです。だから娘の私もその言葉を信じていたんですけど、実際の母は「死んだほうがマシだった」とひとりで病室で泣いていた。

 

それを知ったとき、すごくショックだったんです。

 

お母さんが本当はそんなにつらい思いをしていたことに気づかなかった悲しさ。お母さんの体に障害が残ることを想像せずに、ただ命が助かればいいとだけ思って手術の同意書にサインした無知な自分への怒り。それから、私の前では無理してでも笑おうとするくらい大事に思ってくれたんだという喜び…。

 

人が口に出す言葉の下にはいろんな感情が渦巻いているんだ、とそのときに実感したのが大きいかもしれない。

 

それに私自身も、お母さんとケンカをしてひどい言葉をぶつけたことがあるんですよ。「お父さんじゃなくてお母さんが死んじゃえばよかったのに」って。でもそのときもお母さんは全然傷ついてなかった。

 

あとでなぜかと聞いたら「それは奈美ちゃんの言葉じゃないってわかったから」と。

 

「お父さんが亡くなって、学校でもうまくいかなかった不安定な時期に、そんなひどい言葉を使ってでも私を傷つけようとしたのは、『自分のつらい気持ちをわかってほしい』と奈美ちゃんが感じていることがわかったから」そう言われました。

 

「混乱する私の気持ちを理解してくれていた」岸田さんのお母さま

── 頼もしいお母さまですね。

 

岸田さん:言葉だけを見ちゃうと衝突しやすくなるので、何を言ったのかよりも、なぜそう言ったのかを考えたほうがいい。そこは今もすごく意識しています。

 

じゃあお母さんはどこでそれを学んだかというと、私の弟からなんです。

 

弟はダウン症で感情を言葉にすることが上手くできないので、ドラマやアニメから借りてきた言葉をそのまま意味もなく言うことがあるんですよ。そういう息子を育ててきたから、言葉だけに振り回されると、お互いが不幸になることがわかっていたんです。

 

岸田奈美さん
ダウン症の弟・良太さんと過ごす日々で「言葉だけに振り回されることは不幸」とわかるように

中傷してきた人の本音に触れて

── 言葉の裏側にある思いを想像してみる。そうした想像力を持つことが、自分の心を守ることにもつながっていくかもしれません。

 

岸田さん:以前にツイッターで、見知らぬ人から「岸田奈美の書くものは感動ポルノだ」と言われたことがあります。でもその人と2時間くらいおしゃべりを試みてみたら、最初はずっと否定されまくったんですけど、次第に言葉の裏にある怒りや悲しみが伝わってきた。

 

「自分はもっとつらかった」「バイトで必死に食いつないでいるのに家族の介護もしないといけない」「それなのに世間は自分より余裕がある岸田さんのほうを応援している」

 

そういう本音を聞くと「ああ、それはつらいよね」と思いますよね。SNSでめちゃくちゃ悪口を言っている人も、その行動は、同じように自分をないがしろにされてきたという傷から来ているのかもしれない。

 

怒っているようで泣いていて、「死ね」と言いながら「生きたい」と思っている。ただ、それだけのことなんですよ。

 

── 中傷してきた人の本音に向き合おうとする岸田さんの想像力、心の強さを感じます。

 

岸田さん:もちろん限度はあって、家族への殺害予告みたいなことまでされたら、私もきちんと反撃するし、ネット上の誹謗中傷は法律的に対処するべきだと思います。無法地帯のままでは絶対にダメだとも思う。

 

ただ、つらいことを抱えている人が、「誰かを傷つけてでも何かを言いたい」という気持ちを抑えることまではきっとできませんよね。

 

だから、私はSNSで言われている良いことも悪いことも、あまり気にしません。嬉しいな、よかったなと感じる気持ちはもちろんあるけど、あまり深くは考えないようにしています。

 

PROFILE 岸田奈美さん

1991年、兵庫県生まれ。関西学院大学 在学中に、株式会社ミライロに創業メンバーとして加入。10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。 家族について綴ったエッセイ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』は23年5月にNHKで連続ドラマ化される。

 

取材・文/阿部花恵 画像提供/岸田奈美