映画『長ぐつをはいたネコと9つの命』(公開中)で主人公プスの声を担当している山本耕史さん。子役からずっと芸能界に身をおく山本さんは、レジェンド剣士から生き方を変える決断をしたプスに「勇気」を感じたそうです。

 

ジャケットに手を添えキリッとした表情の山本さん

大変だった9つのプスの演じ分け

── 本作のストーリーや世界観をどのように感じましたか?

 

山本さん:最初に台本の厚さに驚きました。「これ、何時間の映画なの?」って思うくらい、分厚くて(笑)。これまでいろいろな作品をやってきましたが、主役といえど、ここまで出番の多い作品って意外となくて。しかも後半には9つのバージョンのプスが出てくるから演じ分けなきゃいけなくて、それはそれは大変でした。アフレコは本当に大変だったので、楽しいと思えたのは出来上がった作品を観たときだけです(笑)。

 

でも、でき上がった映画を観たら、面白いし、感動するし。大変だったけれどやってよかったなと思えました。内容を知っていてもすーっとストーリーが入ってくる作品なので、僕の声が邪魔してなければいいなってくらいかな、今、気になるのは。

 

── すごく魅力的なプスでした。

 

山本さん:プスのビジュアルから、かわいい声を想像していたけれど、オリジナルの声はアントニオ・バンデラスさん。すごくかっこいいし、渋めの声だけでやってるのかと思いきや、「こんな風にも演じる人なんだ」という発見もあって面白かったです。

 

僕も昔ネコを飼っていたので、ネコ特有のわがままさや、鼻つまみなところとか「あるある」と思いながら演じていました。毛を舐める瞬間とかもすごくリアルで、何度も同じシーンを観て演じたし、内容も全部知っているけれど、何度でも観たいと思っています。早く映画館で観たいです。

「負けを認めたら負け」という瞬間は40代の今もある

── プスのいろいろな顔を見てきたなかで、山本さんが惹かれたポイントは?

 

山本さん:人間…ではないけれど、人間のいろんな部分を表現しているというのかな。歌うプス、酔っぱらいプス、踊るプス、などいろんなプスが出てくるけれど、そこにいないプスを最後に自分で見つける。過去の8つの自分と対峙して最後に自然体の自分、本当の強さを手に入れる瞬間にグッときたし、爽快な感じがしました。

 

人間って、いつも自然体で大きく構えられるかと言ったら絶対そんなことない。やっぱり虚勢を張るときもあるし、なんならちょっと嘘も言わなきゃいけないときもある。面白くない作品をやっても取材を受けたら「面白いですよ」って言わなきゃいけない(笑)。そうしなきゃいけないときって誰にでもあると思うんです。

 

── あります、あります(笑)。

 

山本さん:でも、それも自分に返ってくるから、決して取り繕うことが悪いことばかりでもないですよね。だから、虚勢を張ったプスの生き方も憧れる生き方ではあると思うんです。

 

僕、チャップリンが大好きで。『チャーリー』という映画で、彼の壮絶な人生や天才すぎるが故のほころび、何を幸せと感じていたのかなど、いろいろ考えさせられました。100年以上前の人なのに、彼のようなパフォーマンスができる人って出てきていない。レジェンドと言われたプスとちょっと似ている感じがして。

 

── レジェンドと呼ばれる人はそういう運命も背負っている感はありますよね。

 

山本さん:虚勢を張って生きてきたけれど、自分と向き合わなきゃいけない瞬間がやってきて。いざ、向き合ってみたら自分は意外と強い生き物じゃないとわかり、怖さを知る。入り口はかわいいネコだけど、いろいろなことに気づかされるし、考えさせられました。僕も20代の頃の映像をYouTubeなどで目にしたときに「虚勢張ってたな」って恥ずかしくなることがあります。でも、あの時代があったからこそ今があると思っています。

 

人生って、いろいろなことに失敗して、気づいて、ゴールに向かっていく。どんなゴールになるのか分からないけれど、プスの生き様に、生きることの素晴らしさを観た気がしました。強くいなきゃいけない、負けを認めたら負け、という瞬間は、40代になった今でもよくあります。「本番です」と言われたら逃げたくなることも正直あります。テストは楽しいのに、本番になったら急にそういう気持ちが湧き上がることもあって…。

 

── 長くこの世界にいる山本さんでも!?

 

山本さん:あります。でも「すみません、帰らせてください」とは言えないし(笑)。そこは「よし!」と覚悟を決めてやらなきゃいけないし、その繰り返しです、僕らの仕事って。本当は帰りたいけど帰れない。眠いけれど起きてなきゃいけない。すごくシンプルなことだけど、人間ってみんなどこかでそういう無理をしているもの。もちろん生きていくためには、しなきゃいけない無理もありますしね。プスはしなくていい無理をしている自分に気づき、それまでの考え方、自分のなかでの決めごとを捨てて、生き方を変えることを選ぶのですが、すごく勇気がいることだと思いました。

毎日欠かさない筋トレは「意思が弱い」から!?

── プスの生き様はいろいろなことを考えさせられますね。

 

山本さん:僕は筋トレをやっているのですが、毎日ジムに通っていると「すごいですね」とか「意思が強いですね」と言われます。でも、実際はその逆なんです。意思が弱いから、行かなきゃ落ち着かない。本当は休むことが必要なのに「やらなきゃ!」って気持ちになっちゃって。意思が強ければ「今日はやらない」「明日はやる」ってちゃんと決められます。

 

僕の場合は、お酒もそう。「今日は飲まない」はできるけれど、飲み始めてから「何杯で終わりにしよう」というのはできない。止めるというハートの強さを持ち合わせていないんです。

 

プスには今まで続けてきたことを捨てる意思の強さがある。そういうのって、自分が「もう頑張らなくていいかな」と思ったときに見えてくるものなのかなとも思いました。泣いてるところって誰かに見せたくないじゃないですか。でも人間って弱さを人に見せたときに強さを知るって思うんです。まあ、プスは人間じゃなくてネコだけど、そんなことを教えられましたね。

 

── どんな願いも叶う<願い星>を求めて冒険に出る物語。山本さんは願いごとをするタイプですか?

 

山本さん:子どもの頃なら、おもちゃが欲しいとか、誕生日のプレゼントとか浮かびそうだけど、今はパッと浮かばないですね。昔、父と神社に行ったときに「ここまで健康でいられることをありがとうございます」と感謝すればいいと言われたことがあって、なるほどと思いました。

 

今は僕にも家族がいるから「これまで健康でありがとうございます」とお礼をしたあとに「もし、できれば…これからも健康でいられたら、ありがたいです」と追加でお願いをしちゃうかもしれません(笑)。

 

<作品情報>
『長ぐつをはいたネコと9つの命』
公開中
配給:東宝東和 ギャガ
(c) 2022 DREAMWORKS ANIMATION LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

 

取材・文/タナカシノブ スタイリスト/笠井時夢 ヘアメイク/西岡和彦 (PARADISO)