買い物途中や公園で子どもと遊んでいて、虐待してそうな親がふと視界に入ってきたとき。涙をためたり、ぶたれる子どもの姿を見なかったことにするのは簡単です。でも、見たからこそ簡単にできることもある、と虐待予防の活動を続ける落合香代子さんは言います。苦しく重い空気を変えられる3つの対応とは?

 

児童虐待予防研修プログラムの様子

「暑いですね、疲れますね」で怒りを鎮められる

もし町中で子どもの身の危険を感じる場面を目にしたら、「何か変だな…という自分の感覚をまずは大切にしてほしい」と落合さんは話します。そっと見守り観察したうえで、必要であれば温かな声かけをする。それが虐待の芽を摘む第一歩になるそうです。

 

「その際、声をかけてママやパパを傷つけたら…と心配する方もいますが、そこはチャイルドファーストの考え方が大切。小さな子どもがみずからの置かれた状況を理解して解決することは不可能なので、周りの大人が子どもを守ることが最優先です。

 

ただし、介入の仕方はその時々で考える必要があると思っています。一概に『こうすると良いですよ』とは言えませんが、たとえば私の場合はふだん、こんなふうな関わりをしています」

 

長男4歳、長女2歳のころの家族写真「慣れない二児の育児に毎日奮闘していました」

親を手助けする

落合さんが行っている声かけのパターンとしては3つ。まず1つ目は、親に寄り添った声かけです。

 

「真夏のある日、外を歩いていると、子どもに怒って乱暴な言葉を放ちながらベビーカーを押しているお母さんを見かけたことがあります。時間は夕方の5時過ぎ。きっと子どもと一日遊んで疲れていたのでしょう。よく見ると、お腹の大きな妊婦さんでした。

 

それで『暑いから、すごく疲れますよねえ〜』と話しかけてみたんです。するとそのお母さんも『そうなんですよ〜』と話し始めて。その後、なごやかな雰囲気でお子さんと帰っていかれました。少し言葉を交わしただけですが、心の余裕がなくなっているときは、そんな些細なことでも気持ちが切り替わると思うんです。

 

どう話しかけるか迷ったら、『何かお手伝いすることはありますか?』と笑顔で声をかけてみるのも手。誰かに気にかけてもらうだけで、心がふっと軽くなることが誰しもあるような気がします」

 

子どもの気分を変える

2つ目は、子どもへの関わりです。泣いている子どもを見かけたら、気分が変えられるような工夫を落合さんは心がけています。

 

「以前、夏祭りで激しくグズっている3歳くらいの女の子をお母さんが引きずって歩かせようとしているところを目にしました。そこでふだん持ち歩いているシールを差し出すと、子どもが嬉しそうな顔をして泣き止みました。また、電車で泣いている子どもには、バッグにつけたキャラクターのキーホルダーを見せて気を引くことも。

 

あとは特別なことをしなくても、子どもにやさしく微笑みかけるなど、公共の場で周りの大人が寛容なスタンスを示すだけで、親御さんの気持ちも楽になるのではないでしょうか」

第三者の存在を知らせる

3つ目は、誰かが見ていると伝えること。その場で声をかけにくい状況なら、何らかの形で間接的に第三者の存在を知らせることが有効な場合もあります。

 

「たとえば、親が子どもに対して興奮して怒っているときは大きな物音を出す、大きな声で会話をするなどして、他人の目があることに気づかせる。すると、怒っている親がふと我に返るきっかけになることも。万が一、子どもへの明らかな暴力が発生しているようなら、その場で児童相談所虐待対応ダイヤル(189)に通報するなど対処できれば望ましいです」

「15年前の後悔がいまも…」怒鳴る親を責めるのは逆効果

こうした際に避けたいのは、親や子どもを「責める」ことだと落合さんは言います。

 

「大事なのは、“犯人探し”が目的ではないということ。その場の空気を少し変えるくらいの感覚で良いのだと思います。自分ひとりで解決しようと、親に『なぜそんなことをするんですか?』とか、子どもに『お母さんを困らせちゃだめだよ!』といった言葉を投げかけるのは、事態の悪化につながりかねません。

 

実際、私自身、15年前に町で虐待の現場を目にしたとき、まだ何の知識もなく、『そんなに怒らなくてもいいじゃないですか?』と、虐待する親を責めてしまったんです。するとその親は逆上して「関係ねえだろっ」と私に言い放ち、さらに子どもを怒鳴りつけて、その場を立ち去りました。その後、子どもの安否を確認することもできず、長年、後悔してきました」

 

親を“正す”のではなく、親が抱える育児のしんどさに思いを寄せ、サポートしようとしている姿勢を伝える。そうやって、子どもや親を温かく見守る環境を地域みんなでつくっていくことで、親の孤立や、そこから派生する虐待を減らせると落合さんは考えます。

 

「そして、もうひとつ大事なこと。それは、たとえ自分で直接声をかけなくても、誰かにバトンをつなぐことに大きな意義があります。“つなぐ” というのは、児童相談所に直接通報することもそうですし、虐待の場に居合わせているコンビニの店員さんやマンションの管理人さんに『あの親子が心配なんですが…』と、声かけするのも手。その方々が、すでに関係機関と連携している場合もあります。

 

地域の私たちができることは、『気づく』『見守る』『つなぐ』こと。そんな視点をもった人を増やすことで、町のセーフティネットが広がっていきます」

育児疲れにならないように自分ファーストの時間を作って

さらに、自分が親として子どもに怒鳴ったり手を出したりしそうな場合は、まずは育児をひとりで抱え込まないことを意識してほしい、と落合さんは話します。

 

「私がママリングスの活動で子育て相談をしていると、とくにお母さんたちの頭のなかは赤ちゃんや家族のことでいっぱいなんですね。『今日のご飯は何を作ろう』『おむつ漏れしたから急いで洗濯しなくちゃ』『予防接種の予約を…』などと、子どものお世話に使う時間が圧倒的に多いように感じます。残念ながら、育児や家事をまわりとシェアする仕組みが、まだまだ社会に浸透していないからこそ、意識的に“自分自身をお世話する”時間をとってもらいたいです」

 

そのために、自分が抱えるイライラや不安を言語化してみることも有効、と落合さんは話します。いま何にストレスを感じ、どんな時に孤独を感じるのか、それがどのような状態になると楽になるのか、思いつくままに紙に書き出してみます。

 

「例えば、育児のなかで漠然としたつらさを感じたら、保健相談所の心理相談員の方に話を聞いてもらう。または子育ての方法に迷ったら、地域のおでかけ広場や子育て講座に足を運んでみる。自分の時間を確保するために、自治体が支援するベビーシッターや家事代行サービスを利用してみる。どこに相談すれば良いかわからなければ、区役所の窓口で丁寧に教えてもらえるはずです」

 

ママリングスでも2021年から、新たに産前産後ケアサポートの事業を始めました。助産師や理学療法士、家事のプロなど、専門家が自宅に訪問するサービスを通して、育児をする人の孤立を防ぎたい、と落合さんは語ります。

 

「まずはふだんの生活のなかに、少しでも新しい風を入れることが、孤育てを防ぐ手段のひとつになると思います。SNSでのつながりももちろん素敵ですが、家庭の外に一歩出た“リアルなつながり”のなかで、新たな視点やヒントが得られることがあるかもしれません」

 

PROFILE 落合香代子さん

一般社団法人「ママリングス 」代表理事。看護師として高齢者・リハビリテーション看護に従事。8年間の不妊期間と治療を経て二児の母に。一般社団法人「ポジティブディシプリン」コミュニティ理事。

 

取材・文/木村和歌菜  画像提供/ママリングス