町で見かけた「虐待の現場」で何もできなかった後悔から、虐待予防の活動を始めた落合香代子さん。子育て支援組織を立ち上げて10年。どうすれば、ワンオペで「孤育て」する親を救えるか。仕組みづくりに奔走した過程を聞きました。

 

ママリングスが考える「虐待を防ぐ5つの力」

「ロープレして実感してみる」ことが虐待防止の第一歩

「そもそも子どもに手をあげないことが当たり前となる文化を醸成していくこと。それこそが根本的に必要なことだと思います」と話す落合さん。一般社団法人「ママリングス」では、虐待を未然に防ぐ取り組みとして、子育てをする「親」、そしてそれを見守る「地域の人々」に向けた2つの講習会をそれぞれ開催しています。

 

まず1つ目は、子育てをする親に向けた「ポジティブ・ディシプリン(R)」というプログラムです。これは叩いたり怒鳴ったりする “罰” を用いない、子育てを提案する教育プログラム。子ども支援の国際NGOのセーブ・ザ・チルドレンが、児童臨床心理学者のジョーン・E・ディラント博士とともに開発しました。

 

「講座では子育てをするママやパパと一緒に、0〜18歳の子どもの発達や心の変化などを知ることからスタート。そして、年齢ごとの子どもの気持ちを親が体験してみるシナリオワークを参加者みんなで行います。

 

たとえば、『子どもが親の大切なカップを割った』シーン。まずは子どもの気持ちをその場で想像してみます。そうすると『触ってみたかったんだね』『突然割れてびっくりしたね』など共感を示したうえで、『ママの大事なカップだから悲しいな』『次からどうすればいいかな?』といった改善につながる声かけのアイデアが、参加者のみなさんからたくさんあがってきました。

 

親にとって困った行動も子どもの気持ちになってみることで、捉え方が変わるはず。頭ごなしに『こらっ!』と大声で怒鳴ったり、叩いたりしなければ、子どもも親の話に耳を傾けやすくなり、穏やかに向き合うことができます」

 

暴力も罰もいらない子育てプログラム「ポジティブ・ディシプリン」の講習でファシリテーターを務める落合さん

落合さんがこのプログラムと出合ったのは、長女が2歳になりトイレトレーニングを始めたころでした。子どもに正しく物事を教えようと、「叩く」しつけを取り入れるうちに、いつしかそれが当たり前に。そんな自分の子育てに違和感を感じているときに、偶然、知人からこのプログラムを教わり、それから次第に、 “叩く” 手段はなくなっていったといいます。

 

「叩いたり怒鳴ったりすることで、子どもは一時的に言うことを聞きます。けれど、それは暴力に対する恐怖心から生まれる行動の変化でしかなく、子どもが自主的に考えた結果ではないのです。さらに体罰が子どもの心身の発達に望ましくない影響を及ぼすことは、近年、科学的にも明らかにされています。

 

大切なのは、まず子どもの立場に立って想像力を働かせてみること。“罰による子育て”に頼らずとも、子どもの意思を尊重しながら導いていくことはできると伝えていきたいです」

虐待かも?最初に気づけるのは「地域の人たち」

また2つ目の取り組みは、地域に暮らす人々に向けた『児童虐待予防研修プログラム』の実施です。これは東京都・江東区と協働する『脱孤育て推進事業』の一貫として、ママリングスがプログラムを開発したもので、2021年11月に初めて開催されました。

 

「プログラム開発にあたって参考にしたのは、2016年に行ったアメリカのオレゴン州での視察です。そこでは教師や警察官だけでなく、スクールバスの運転手や子どものクラブチームのコーチなど、地域に暮らす人々に向けて児童虐待の研修が行われていました。それによって、虐待が起きる“手前”で気づくことができる社会の仕組みができていたのです」

 

ママリングスが江東区と協働して開催した「児童虐待予防研修プログラム」で専門家の講義に耳を傾ける市民

2日間にわたるこの勉強会に参加したのは、民生児童委員や自治会関係者など地域の市民たち。まず1日目は児童相談所の職員や小児救急の看護師などの専門家から、虐待の現状や知識を座学で学びます。

 

そして2日目は、虐待が疑われる場面のロールプレイ。落合さんたちがこれまで実際に目撃した場面をもとにストーリーを設定。それぞれの参加者がどのような対応ができるか意見を出し合います。

 

「たとえば、地域にあるプール教室でのこんなシーンを思い浮かべてもらいます。ひとりの子どもが『ゴーグルを忘れた』と親に伝えました。するとものすごい勢いで怒り、床を蹴りつける親。それを見ていたあなたは、『受付でゴーグルを貸してもらえますよ』と伝えます。親が受付に行っている間に子どもを見てみると、身体に複数のアザを発見。

 

あなたが『これはどうしたの?』と聞くと、子どもは『転んだの』と言いました。このとき、あなたはどうしますか?参加者にはこのストーリーをもとに、『親』『子ども』『地域の人』、それぞれの立場でどう感じるかを言語化してもらいます。それを見ている地域の人の立場になると『声をかけると、親を逆なでするかもしれないと思い、不安だった』という声。

 

一方、親の立場になると『子どものミスに焦ってイライラしたけれど、他の選択肢を示してもらいクールダウンできた』という声。子どもの立場になると『気にかけてもらえてホッとしたけれど、この後、また怒られないか心配』という声など、さまざまです。感じ方に正解はありませんが、それぞれが“当事者”の立場に立って、まずは体感してみることが大事だと思っています。相手が何を感じ、何に困り、何を望んでいるのか。自分ごととして捉えられれば、それに共感したうえで、何ができるのか考えるヒントとなります」

 

実際プログラムの終了後、参加者のアンケートには今後につながる気づきが多数寄せられたそうです。

 

「これまで声をかけるのをためらっていたけれど、親の立場にたってみると案外、声をかけてもらって嬉しかった」、「近所の住人として、子育て中のお母さんや一人でいる子どもに挨拶をすることなら、自分にもできるかもしれない」など、参加者のスタンスに大きな変化が見られたそうです。

 

「日常で起こる小さな異変に最初に気づけるのは、専門家ではなく、まさに地域で暮らす私たち自身です。虐待について知ったうえで、地域の子どもや親を温かく見守る。そして何か違和感があれば、声をかけたり専門機関につないだり、自分にできるアクションを起こすことが、子どもたちの命を守ることにつながります」

 

PROFILE 落合香代子さん

一般社団法人「ママリングス 」代表理事。看護師として高齢者・リハビリテーション看護に従事。8年間の不妊期間と治療を経て二児の母に。一般社団法人「ポジティブディシプリン」コミュニティ理事。

 

取材・文/木村和歌菜  画像提供/ママリングス