子ども時代は偏食だったと語る、荻野目洋子さん。頑張って食べようとしても、体が受けつけなかったと言います。そこからどのように食事を美味しいと思えるようになったのか。偏食だった自分が、3人の子どもの好き嫌いに対して、どのように向き合っていったのか──。 

野菜を見るとバッタの気持ちに

── 3人のお子さんの食事作りは、大変な時期もあったのでしょうか?お子さんの好き嫌いや偏食はありましたか?

 

荻野目さん:ありました。でも、私が子どもの頃も、偏食がすごい時期があったんです。

 

── どんな食べものが苦手だったのでしょうか?

 

荻野目さん:野菜がいっさい食べられなかったんです。本当にダメで、食べられるのはカレーに入っている玉ねぎとかジャガイモ、ニンジンだけ。両親にも心配されたし、怒られました。食べなきゃ病気になるとか、早死にするとか、両親もいろいろ言葉を変えて説得してくるんです。自分でも頑張って、たとえば生のトマトを我慢して口に入れるんだけど、「オエッ」ってなっちゃう…。頑張ろうと思うんだけど、体が拒否反応を起こすんです。

 

キャベツとかサラダもそうですね。私は子どもの頃から「虫」が好きなんですが、キャベツを食卓に出されると「バッタの気持ち」というか、バッタと同じなんじゃないかなって思ったり。なんでこんな味のする葉っぱを食べなきゃいけないんだとか、とにかく体が受けつけなかったです。

  

でも、親が心配するのも当たり前ですよね。私もいつも怒られるから、そのうち食事の時間が苦痛になったし、「食べないなら、玄関から出なさい」って言われたこともありましたけど、それでもやっぱり体の拒否反応が治らなくて。

しいたけの塊をコッソリ隠して

── そこから、どのように食べられるようになったのでしょうか?

 

荻野目さん:小学校5年生のとき、担任の先生に、「給食を残しちゃダメだ」って教わったんです。「量は加減しても、出されたものは食べるように」って。今までそんなことを言う先生がいなかったので、そういったことを初めて言われて少し衝撃でした。それに、給食の時間のあとに掃除の時間がありましたが、小5の担任の先生は、給食を食べられない人は、そのままずっと残ってなさいっていうような教えでもありました。今考えたら、そこは賛否あるかもしれないですけど。

 

そんな先生の教えもあって、食事の好き嫌いは、社会的に恥ずかしいことだと気づき、それなら食べるしかないって。でも、どうしても飲み込めないものがあって。給食の牛乳が瓶だったんですけど、瓶の蓋の包みのビニールとかにそっと椎茸の塊とか包んで、コッソリ隠してました(笑)。でも、ちょっとずつ飲み込むようにしていくと、人間ってある日食べられるようになっていくんですよ。

 

── 頑張ると、体も受けつけるようになるのでしょうか…?

 

荻野目さん:私の場合は理性で多分変わっていった気がします。食べられないことは恥ずかしいことなんだって思ってから、今まで頑なに拒否していた鎖みたいなものがパツンと解けていって、体も受けつけるようになった感じですね。

 

── それは、美味しいと思いながら、食べていましたか?

 

荻野目さん:すぐには無理でした。15歳でデビューする頃には、いろいろなものがだいぶ食べられるようにはなっていましたが、まだ選り好みしていましたね。

 

当時は、事務所を立ち上げて間もなかったので、事務所の社長と現場のマネージャーと二人三脚で全国を回っていましたが、社長が言ったんですよ。「好き嫌いなんて言ってられないぞ。こんなに全国に美味しいものがあるし、食べてみろ」って。しょっちゅうそんなことを言われて、全国の旬のものを食べていくうちに、「えっ、これってこんなに美味しかったんだ…!」って、私のなかで価値観がどんどん変化していって、次第に美味しいと思えるようになりましたね。

自分の実体験を経て、子どもの好き嫌いに向き合う

── 子どもの頃の偏食から、徐々に変化されていったのですね。荻野目さんのお子さんはいかがですか?

 

荻野目さん:自分の実体験があったので、私の子どもが好き嫌いがあったときも、無理強いしなかったんですよ。それよりも、とにかく食事の時間を楽しく過ごせるように一緒に作ったりして。キャラ弁まで私はやったことないんですけど、なるべく食事を楽しんで欲しいなって。

 

それでも、栄養がたりないと思ったら、たとえば「ミロ」…!「ミロ」で栄養補給して、気休めかもしれないですけど、そういったもので補うとか。あとは、パンの中に雑穀を混ぜたり。パンケーキも、ブームになる前から個人的に好きで、今でもよくやるんですけど、パンケーキの中にモロヘイヤの粉状のものが売ってるのでそれを混ぜたり。こっちがダメならあっちだ!みたいな。工夫しながら、子どもたちが自然に食べられるようになるのを待ちました。

 

── 今は、お子さんたちは食べられるようになりました?

 

荻野目さん:もう全員大丈夫ですね。

 

── 荻野目さんも、今は野菜には抵抗ないですか?

 

荻野目さん:今はもう野菜のほうがむしろ必要だと思ってますし、なんでも食べられます。肉も魚も大丈夫。なんでも美味しくいただいています。

 

PROFILE 荻野目洋子さん

1984年デビュー。1985年シングル「ダンシング・ヒーロー」が大ヒット。2017年は大阪府立登美丘高校ダンス部とのコラボレーションで話題を呼んだ。4月に本人作詞作曲「Bug in a Dress」アナログレコード版が発売しライブも開催。

 

取材・文/松永怜 撮影/阿部章仁