2023年の首都圏における中学受験者数は、過去最多を更新したといわれています。こうしたなか、わが子にも中学受験をさせるべきかと悩んでいるご家庭も多いのではないでしょうか。今回は、経済的な事情から「塾なし受験」を検討している親御さんに、教育家・見守る子育て研究所(R)所長の小川大介先生がアドバイスします。
【Q】塾に通わせず家庭学習で中学受験をしたい
子どもが通っている公立小学校では今年、6年生の約半数が受験したそうです。その話を耳にして、わが家も中学受験を考え出しました。ただ、受験までに何百万円もかかると聞き、震えています。物価高が続きそうですし、かといって、給料が上がる見通しもなく、金銭的な面で先行きが不安です。
たとえば塾に通わせないで、家庭学習だけで中学受験の勉強を進めることは可能なのでしょうか?私は中学受験の経験はありませんが、4年制大学を卒業していますし、もしかすると教えられるかも、と思っています。もし家庭学習で受験が可能ならば、どのように勉強を進めれば良いのでしょうか?
「可能」だけど「目指せる学校が限定される」
今、物価高や光熱費の高騰などが続いており、教育費の問題でお悩みの方は増えているのではないかと思います。実際、ご相談者様のように「家庭学習だけで中学受験は可能だろうか」と考えるご家庭は少なくありません。
結論から言うと、「可能」です。しかし、いくつか注意が必要です。まず、目指せる学校が限定されること。実は、ここを見落とし、うまくいかなくなるケースがとても多いです。
塾は、プロが編集した教材でわかりやすく教えてくれますし、テストという仕組みを最大限に活用し、非日常空間の中で勉強に集中させてくれます。家庭学習よりも、塾のほうが何倍も密度が濃く学習効果が高いことは間違いありません。
この点を認識し、家庭学習で御三家などの学校に合格できるのは、お子さんの学習能力が先天的な部分でも高く、かつ親御さんもかなり高学歴で塾と遜色なく教えられる力を備えているような特殊なケースであることを理解してください。
SNSなどで「塾なしで最難関校に合格できた」とノウハウを発信されている方がいますが、それはごく限定的な状況でのみ成立する、一般的には再現可能性の低い情報だと捉えてください。
公立中高一貫校の受験も、同様です。確かに小学校の授業の延長上のような出題ですが、実際の合格者の多くが大手の塾で訓練されてきた子たち。その事実から目を背けてはいけません。
ただ、こうした実態を踏まえ、外部模試などの偏差値を基準に 学校を適切に選べれば、家庭学習だけでも合格は可能です。学校情報を集めて過去問を研究し、現在のお子さんの能力でプラスアルファ頑張れば合格できるような学校を見つけることがポイントとなります。
なぜ「親の負担が大きい」と言えるのか?
では、具体的にどう取り組むのか。まずは親御さんご自身が、入試問題を解いてみてください。年度別でさまざまな学校の入試問題が収録されている問題集がおすすめです。おそらくほとんどの親御さんは、制限時間内には解けないでしょう。決して甘くない世界であることをまずは親御さんに感じ取っていただきたいと思います。
そのうえで、基礎的な教材としては中学受験用のものを入手しましょう。たとえば、四谷大塚の学年別の『予習シリーズ』 。順番どおりに取り組めば、塾に通っている子たちと同じ内容に触れられる構成になっているのでおすすめです。
毎日の学習時間の目安は、4年生なら2時間、5年生で3時間、6年で4時間。机に向かう時間ではなく、集中して取り組めている時間を指します。これだけ勉強に集中するには、前提として、お子さん自身が受験勉強に納得していなければいけません。また、30分以上継続して学習できるよう段階的に集中力を鍛えていく必要もあります。
このとき、親がガミガミ言うのではなく、親子の対話を通じて本人の意志で継続できるよう導くのがポイント。「勉強に向き合って頑張れる力があなたにはある」ということを何度も伝えながら、自信を育むことが大事になります。
また、お子さんが日頃から、みずから考えたり調べたりする「学びに対する欲求」を持てるようなサポートも重要です。今、日本の教育は思考力重視の方向へ舵が切られており、中学受験も知識を問う問題ばかりではなく、考える力を要求する出題になってきているからです。
「なぜだろうね」「もう少し調べてみたら何かわかるかもよ」など親御さんが問いかけ、お子さんが思考するきっかけを日々の生活のなかで生み出す、幼児期からの家庭習慣をぜひつくり上げてください。考えることを楽しめる空気をつくっていくことがカギなので、親御さんにはコーチングのスキル習得をおすすめします。
ここまでできるようになったら、お子さんの毎日の集中力の波や気分、疲労度などを客観的に観察し、どの時間帯ならどんな勉強が可能なのかを分析しましょう。そのうえで実行可能な学習計画を親子で話し合ってつくり、取り組んでいきます。日能研や四谷大塚などが開催している公開模試に参加し、自分の位置づけを把握しながら調整していくことも大切です。
このように、「塾なし受験」は親の負担が非常に大きなものとなります。学習するのはお子さん自身ですが、支える側の親御さんが、自身の「頭と心の使い方」の質をいかに上げられるかが問われます。非常に難易度が高いので、一般論としてはあまりおすすめできない選択なのです。
ちなみに私は教育のプロですが、息子が中学受験をする際は塾にお世話になりました。小学生の時期は親子のじゃれあいなども重要で、家庭が子どもにとっての安全基地であることを最優先にしたかったからです。塾を活用することで親が過剰介入することを避け、子ども自身の自発的な受験学習を応援する選択を取りました。
さて、最後に一つ大切なことを追記します。「中学受験=子どもの幸せルート」という思い込みにはまらないようにしてください。子どもの幸せ実現の道のりは、家庭それぞれ。各家庭の教育方針や経済的な条件を基に「わが家なりの教育戦略」を考えればいいのです。
当たり前のことですが、昨今の異常なまでに過熱している中学受験事情もあって少なくない数の親御さんが、その当たり前を見失っている現状があります。ご相談者様にも、ご家庭なりの教育戦略を見つけていってほしいと願っています。
PROFILE 小川大介さん
教育家・見守る子育て研究所(R)所長。京大法卒。30年の中学受験指導と6000回の面談で培った洞察力と的確な助言により、幼児低学年からの能力育成、子育て支援で実績を重ねる。メディア出演・著書多数。Youtubeチャンネル「見守る子育て研究所」。
取材・構成/佐藤ちひろ イラスト/まゆか!