衣食住にまつわる商品を扱う総合スーパー「イトーヨーカドー」では、1975年に「母子保健相談室」を開設し、育児に不安や悩みを抱えるお母さん、お父さんに寄り添ってきました。今でこそ、子育て支援に関するサービスは増えてきていますが、48年前からこの事業に着手したきっかけは何だったのでしょうか。

 

母子保健相談室が生まれた経緯と、現在のサービス内容を株式会社イトーヨーカ堂 お客様相談部の原田晴子さんに伺いました。

 

利用者について話す原田晴子さん

核家族化が進み、「子育てについて相談できる場所が少ない」という社会背景から開設

── 1975年に「母子保健相談室」が開設されたそうですね。どのような思いから、この取り組みが生まれたのでしょうか。

 

原田さん:母子保健相談室は、当時核家族が急速に進んだ時代、「子育て中のお悩みを持つお母さんの役に立ちたい」という社会貢献への思いとともに、「子育て世代の悩みやニーズを聞くことができる場所」として生まれたサービスです。小売業を営むうえで、顧客のニーズを見極め店舗やサービスに反映していくことは不可欠です。イトーヨーカドーに来店されるお客さまの、「リアルな声を聞く」ということも目的にありました。

 

1975年に藤沢店で開催された「母子保健教室」がきっかけとなり、翌年には東久留米店、川口店、橋本店の3店舗でスタートしたと聞いております。その後も徐々に数を増やし、現在は首都圏を中心に97店舗で相談室を運営しています。

 

どの店舗も、小さなお子様のオムツ交換や授乳ができる赤ちゃん休憩室内に「マタニティ・育児相談室」を設け、開設頻度は週1、2回。決められた日時には、助産師や保健師の資格を持つ相談員が在席し、「予約なし」でどなたでもマタニティや育児についての相談を受けることができます。

 

相談している様子。資格を持つ相談員が丁寧に答えてくれる(画像提供/イトーヨーカ堂)

──「予約なし」で相談ができるのは嬉しいですね。

 

原田さん:予約制にしてしまうと、時間を気にしてリラックスしてお話ししていただけない場合もあるため、予約なしで対応することにしています。お買い物ついでに決まった開催日・時間に行けば、気軽に相談できると好評の声をいただきます。

 

子育てしている方の悩みは多岐にわたり、なかには話が長引いてしまうという方も珍しくありません。順番を待っている方がいる場合は、「再度、時間を設けますね」と案内することもありますが、基本的には安心してもらえるまで、話を伺うという姿勢で対応しています。

パパやおばあちゃんも一緒に「最近の子育ての知識を知りたい」と付き添い

── 1日にどのくらいの方が利用されていますか?また、母親以外の利用もあるのでしょうか。

 

原田さん:利用者数は1店舗につき1日10〜15人程度です。コロナ禍に入るまでは、全店舗ののべ人数で年間8万人の方が相談に来られていました。

 

また、出産前からの相談も受けられるということと、お母さん以外も利用してほしいという思いから、2002年に「マタニティ・育児相談室」と改称しています。最近では、お母さんの相談におばあちゃんがつき添う姿も見られ、「昔の常識とは変わった最近の子育ての知識を知りたい」と話を聞いていかれるようです。

 

── おばあちゃん世代にとっては、最新の子育て情報をゲットできる場所でもあるのですね。お母さん、お父さんからは、どのような相談が多くみられますか?

 

原田さん:「思ったようにミルクを飲んでくれない」、「離乳食を食べてくれない」など、身体発達と栄養相談の悩みが多く見られます。また、赤ちゃん休憩室には体重計と身長計を設置しているため、計測目的で来られる方も多いです。

 

相談員が計測のお手伝いをし、記録表に記載してお渡ししています。「1日にどのくらいの量の母乳を飲めているのか」を知るために体重を測りに来る方もいます。

 

乳児期の身長・体重は、ほとんどの場合、通院時や自治体の定期健診でしか測れないため、お買い物ついでにご利用いただけることが大変好評です。

 

マタニティ・育児相談室(旧・母子保健相談室)の運営を担当する原田晴子さん。お客様相談部では、現場や電話・WEBなどでお客様の声を集め、より良いサービスの提供と店舗運営の改善につなげる

── 他にも設備やサービス面で工夫されていることはありますか?

 

原田さん:赤ちゃんの手形と足形のスタンプを取るお手伝いをして、記念にお渡しするサービスが好評です。現在はコロナ禍で休止している店舗もありますが、徐々に復活させていく予定です。

 

足形スタンプもできる(画像提供/イトーヨーカ堂)

また相談室に併設している休憩室も、改装のタイミングでブラッシュアップをしています。個室の授乳室の設置や、離乳食をあげられる子ども用のイスを設けたスペースをつくるなど、より快適に過ごせるような空間づくりを目指しています。

「買い物ついでに相談員と話してリフレッシュ」と足を向ける人も

── 利用者からはどのような感想が寄せられていますか?

 

原田さん:2022年に実施したアンケートでは、「家に引きこもりがちだったけれど、おしゃべりをしようと外に出る気持ちになれた」「初めての育児で行き詰まっていた気持ちが楽になった」「わが子に合わせたアドバイスをもらえてよかった」など、ポジティブな声がたくさん寄せられました。

 

「相談に来る」ということは、何かしらの不安や悩みを抱えているということだと思います。ここに来て、相談員と話すことで、リフレッシュでき、少しでも不安や悩みが解消できれば嬉しいです。

 

また、ここには妊娠中、育児中の方が多く集まるため、お母さん同士がコミュニケーションを取る様子もよく見られています。

 

マタニティ・育児相談室の外観(画像提供/イトーヨーカ堂)

── お母さん同士の交流が、子育ての孤独感を和らげてくれそうですね。コロナ禍はどのように対応したのでしょうか。

 

原田さん:コロナ禍は1日の利用者数がゼロという店舗もありました。クローズするかどうかは、各店舗の判断に任せていましたが、ほとんどの店舗が感染予防対策を行い、オープンし続けていました。

 

相談員も「コロナ禍だからこそ」の不安を抱えるお母さんや、「夫が在宅勤務しているから家に居場所がない」と来られる方の姿を見て、相談員から「こんなときだからこそ、開けていよう」という強い使命感で続けてくださったのは本当にありがたいと思いました。

 

── 今後の展望についてお聞かせください。

 

原田さん:イトーヨーカドーのこのサービスをまだ知らない方がたくさんいらっしゃるので、さらに行政とも連携しながら認知度を上げる取り組みを進め、地域に根差した子育て支援の拠点となれるよう努めていきたいと考えています。

 

私自身もそうでしたが、子育てで忙しい時期は悩みがあったとしても「外に出るのも億劫」と感じて一人で悩みをかかえてしまう方もいると思います。でも、勇気を出して気軽に来てほしいです。「悩みがなければ来てはいけない」という場所でもありません。話をすることで、気持ちが軽くなることもあると思います。今後も地域に密着したお店のなかでのお母さん、お父さんを応援する場所として運営を続けていきたいと思っています。

 

 

日々のお買い物をするお店の中にあることと、予約なしで相談できることが、「ちょっと話してみようかな」という気持ちにさせてくれるのかもしれません。妊娠や育児に関する悩みを気軽に話せる場所があるということは、お父さん、お母さんにとって心強い存在と言えるでしょう。

 

取材・文/佐藤有香 撮影/CHANTO WEB編集部