夫婦でギャンブル依存症、自身は買い物依存症も経験した田中紀子さん。現在、『ギャンブル依存症問題を考える会』代表として、依存症を「自業自得」と切り捨てないでほしいと訴えます。約4年かかって克服したからこそわかる、痛みの奥底がありました。(全3回中の3回)

 

立川競輪場でギャンブル依存症の啓もう活動を行う田中さんたち

ギャンブル依存症を知って欲しくて顔出し・実名を決意

夫婦でギャンブル依存症、さらに自身は買い物依存症も患った経験を持つ田中さん。

 

当事者や家族が経験を分かち合い、問題を乗り越えるのを目的とする「自助グループ」に通い、夫婦で依存症から回復しました。

 

「ギャンブル、買い物、薬物など、依存症にはさまざまなものがあります。いずれの依存症も回復するためには、同じ問題を抱え、苦しむ仲間を助けることが大きな力になります。

 

誰かの役に立つことで自分に自信がつき、依存から抜け出せるようになるのです」

 

依存症から回復した田中さんは、さまざまな回復支援プログラムの受講、自助グループの開催、アメリカで依存症について学ぶなど支援活動に力を入れてきました。

 

ところが、活動すればするほど、依存症の問題は、想像以上に根が深いことに気づいたのです。

 

「依存症になったら、同じ悩みを抱える仲間や自助グループとつながることが非常に大切です。でも、私が支援活動を始めた2010年代は自助グループが都心にしかなく、ほとんど認知されていませんでした。

 

だから当時、回復する手立てを見つけられた人は、インターネット環境が整っていて自力で調べたり、都会に住んでいたりなど、恵まれた環境にいた人のみ。それ以外の人たちは、ほぼなすすべなく見捨てられた状態だったのです」

 

地道に活動していた田中さんですが、さらに積極的に社会に発信し、多くの人にギャンブル依存症について知ってもらうため、実名・顔出しを決意。2014年、『ギャンブル依存症問題を考える会』を設立しました。

「カジノ法案」がきっかけで注目されるように

公益社団法人『ギャンブル依存症問題を考える会』は、2014年の結成直後から大きな注目を集めることになりました。

 

というのも、同年、カジノを併設したリゾートホテルや観光施設の建設・運営が可能になる「IR(カジノ含む統合型リゾート)推進法」が初めて国会に提出されたためです。

 

この法案により、それまでほとんど切り捨てられていたギャンブル依存症の問題が、ようやく世間の話題にのぼるようになりました。

 

「私はギャンブルやギャンブル場そのものの存在は否定していません。ギャンブルには、たしかに経済効果もあります。また、投資などはギャンブル性が高い側面も。

 

それらをすべて廃止することは、現在の社会構造的にもほぼ不可能です。それに、仮にギャンブル産業をなくしても、代わりになるものはいくらでもあり、依存症対策にはならないのです。

 

大切なのは、ギャンブル依存症の予防対策や啓発活動をしっかり行うことです。

 

IR(カジノ含む統合型リゾート)推進法は2018年に成立しました。今後、ギャンブル場を増やすのなら、依存症への対策もきちんとしてほしいと私たちは訴えています」

 

ギャンブル産業と敵対するのではなく、デメリットを減らすため協力関係を築きたいと田中さんはいいます。

 

「残念ながら、ギャンブル産業とはいまだにきちんと話し合いができていません。唯一、競輪業界とは協力し合い、競輪場で依存症の予防教育の大切さを訴えるなど、啓発活動もできるようになってきました」

 

田中さんは予防教育の推進、治療方法の情報提供、国への政策提言や、要望書の提出、薬物依存症から回復した経験を持つ俳優・高知東生さんとともに、YouTube「たかりこチャンネル」の配信などを行っています。

ギャンブル依存症は“本人の意思”のせいではない

田中さんのもとには、ギャンブル依存症に悩む当事者や家族からの相談が後を絶たず、昼夜を問わずその対応をし、全国を飛び回っています。

 

「当事者に治療する気がなくても、まずは家族や身近な人が支援団体や自助グループを訪ねてほしいです。周囲の対応が変われば、本人も依存症と向き合わざるを得なくなるからです」

 

日本ではまだ偏見が強く「本人の意志が弱いせいで発症する」と思われがちなギャンブル依存症。でも、どんな人でも発症する可能性があるといいます。

 

「もちろん同じ環境にいても、依存症になる人もいれば、ならない人もいます。依存症全般が特殊なものと思われがちですが、ふつうの病気と変わりません。

 

依存症は快感や多幸感をつかさどるドーパミンという神経伝達物質の機能不全により起こる、脳の病気です。

 

依存症ではない人は買い物や友達とのおしゃべりなど、さまざまなものでストレス解消できます。

 

でも、依存症になるとひとつのことだけにのめりこみ、優先順位がおかしくなってしまうのです。

 

私は周囲の人たちのおかげで、依存症から回復できました。今後の人生は、同じ苦しみを抱える人たちを助けるためにささげるつもりです。それが私に与えられた使命だと強く思っています。

 

これからも依存症の問題から離れてしまわないよう、ストレスをためすぎないように、仲間と一緒にこの活動に取り組んでいきたいです」

 

取材・文/齋田多恵 写真提供/田中紀子