愛犬をかわいがる三山さん

本業だけではなく、さまざまな趣味や特技をもつ演歌歌手の三山ひろしさん(42)。「ビタミンボイス」と呼ばれる歌声のルーツと、コロナ禍による廃業の危機で検討していた意外な“転職先”を教えてくれました。(全3回中の3回)

もう2度と歌わないと思った

── 多芸多才な三山さんですが、幼いころ最初に夢中になったものは何ですか?

 

三山さん:やっぱり歌でしょうね。3歳くらいから地域のカラオケ大会で歌い始めて、こうして仕事として向き合っているわけですから。夢中になって、かれこれ40年近くなります。

 

── 高校2年生のときに、『NHKのど自慢』に出場されたのが最初のテレビ出演でしょうか。 

 

三山さん:そうです。祖母が知らないうちに応募していて、腕試しのつもりで出場したんですが、結果はまさかの“鐘ふたつ”。正直自信はあったので、打ちのめされました。もう2度と歌は歌わないと思いましたね。

 

── そこからどういう流れで、また歌おうと思ったんですか?

 

三山さん:それから数年後に祖母は詩吟を習い始めたのですが、あるとき、教室まで車で送り迎えしてほしいと言われました。

 

あとから知ったことなんですが、僕を詩吟教室に少しずつ近づけて、歌う方向にもっていきたかったそうなんです。

 

うまいこと歯車がカチッと合って、間もなく僕も詩吟教室に入門することになりました。

 

祖母と笑顔の三山ひろしさん
祖母と笑顔の三山さん

祖母のおかげで…

── 歌いたい気持ちがあることを、おばあさんはわかっていたんですね。

 

三山さん:詩吟との出会いがなければ、今の僕はなかったと思います。そう考えたら、祖母のおかげですね。

 

高校生のころから自分なりに、「歌とはこういうものだ」とわかっているつもりでいました。ですが詩吟に触れて、それはまったくもって上澄み程度だということに気づきました。

 

詩吟は、漢詩や和歌をしっかり読み解かないと、そこに込められた心情や情景を表現できません。

 

メロディーがたくさんある洋楽と違って、限られたいくつかの音のなかで吟じていかなければいけない。

 

そこに感情を乗せるのはとても難しいことで、詩の理解力がいちばんの肝になります。

 

レコーディングをする三山ひろしさん
レコーディングをする三山さん

表情や感情が伝わる歌を

── 聞いていても、一般的な音楽より難しいと感じます。

 

三山さん:全部同じにように聞こえるかもしれません。僕も最初はよくわからなかったのですが、次第に詩の意味をじっくり考えながら吟じるようになり、じつに奥の深い世界だということに気づきました。

 

それからどんどん詩吟の魅力にはまっていきましたね。

 

それ以来、どんな曲に対しても、この人物はどういう気持ちで歌っているのかということを深く考えるようになりました。

 

── 三山さんの歌は、強さから優しさへの移り変わりなど、感情の動きが全部伝わってきます。

 

三山さん:ありがとうございます。昔から歌っている人の表情が見える歌が、とっても好きだったんです。

 

たとえば北島三郎さんの歌を聴いていると、今、笑っているなとか泣いているなというのがすごく伝わってきます。

 

僕もそんな風に、表情がみえる、感情が伝わってくるような歌を歌いたい。新曲の『どんこ坂』も、歌詞に出てくるふたりの姿が見えるような、そういう歌唱をいつも心がけています。

 

落語も本格的に取り組んでいる三山ひろしさん
落語も本格的に取り組んでいる

正直、自信はありました

── おととしから落語も始めていますが、歌と通じるところがありますか?

 

三山さん:ありますね。落語は20分くらいのお話なんですが、その“世界”を捉えて演じないとできない。それは歌の理解力を深めることと似てるところがあります。

 

だから落語をやると造詣が深くなり、歌を歌うと落語のリズム感が出て、両方にいいんですよ。

 

落語はもともと好きで聞いていましたが、まさか自分がやるとは思っていませんでした。

 

古典芸能に挑戦するという番組がきっかけだったんですが、自信はあるかないかで言ったら正直ありました(笑)。

 

ゴルフをプレーすることもある三山ひろしさん
ゴルフをプレーすることも

師匠の名に恥じないように

── 動画で少し拝見しましたが、完全に落語家という感じです。

 

三山さん:「三山家とさ春」というお名前もいただきましたが、まだまだです。指導してくださった立川志の春師匠の名に恥じないように、しっかりやりたいですね。

 

じつはコロナ禍で自粛していた時期、落語で生きていくことを少し考えました。

 

コンサートをやれるようになってもお客さんは声を出せない、キャパシティは半分でやってください、と制限がかかってくるわけです。

 

そのうち歌を歌えなくなるのではないか、僕の仕事がなくなるなと危機感をもちました。

 

何か違うことを考えないといけないな、だったらほかの芸能で何があるかな、と考えたときに落語がピンときたんです。

 

古典芸能は演者もお客さんもにぎやかに騒ぐわけではないので、満席入れていたんですね。じゃあ、落語で生きていくというのもありかな、と(笑)。

 

結果的に自粛がゆるんで、歌も落語も両方できるようになってよかったです。

 

ギターを披露する三山ひろしさん
ギターを披露する三山さん

未来の三山ひろしの代名詞に

── これから、もっと楽しみながら落語ができそうですね。

 

三山さん:年に新作を1作は覚えていきたいです。身ひとつでできる仕事なので、続けていけば未来の三山ひろしの代名詞のひとつになるかもしれない。今はけん玉ですけれど(笑)。

 

── 代名詞はいくつあってもいいですよね。

 

三山さん:引き出しがたくさんあるほうが今の世の中、生きていきやすいですから。「次にくるのは何かな?」「次にやるべきことは?」と常にアンテナは張っています。

 

いざというときに吸収できるように、自分のなかのキャパシティを少し開けて、準備をしています。

 

PROFILE 三山ひろし さん

1980年、高知県生まれ。高校卒業後は地元のガソリンスタンドに就職。歌手を目指し上京後は作曲家の中村典正さんのもとで3年間修業。2009年に『人恋酒場』で歌手デビュー。’15年からNHK紅白歌合戦に連続出場。著書に『はじめてでも絶対できる! 三山ひろしのけん玉教室』。

取材・文/原田早知 写真提供/三山ひろし