「むくべき、それとも自然に任せるべき?」男の子を育てる親であれば、一度は直面する「おちんちんの皮をどうするか問題」。検索すると賛否両論の意見が目に入ってきますが、正解はあるのでしょうか?『おちんちんの教科書』が話題の泌尿器科医の岡田百合香さんにお聞きしました。
そもそも「むく」ってどこまで?
──「男の子のおちんちんの皮」は保護者がむくべきか、それともむかないほうがいいのか。さまざまな意見がありますが、泌尿器科医である岡田さんはどう考えますか。
岡田さん:まず、「むくべきか、むかざるべきか」の問いを立てる前に、「むく」という行為をきちんと定義づけしたほうがいいと私は考えています。「おちんちんの皮をむく」という行為が具体的に何をどこまですることなのか、イメージできない保護者、特に女性は少なくないからです。
「むく」とは、おちんちんの先端(亀頭)を覆っている包皮をグッと引き下げて亀頭を出すことを意味します。新生児のうちは包皮が亀頭にしっかり癒着しているため、亀頭がまったく見えない「真性包茎」と呼ばれる状態が普通です。
── つまり新生児の男の子の100%が真性包茎?
岡田さん:おっしゃるとおりです。その後、成長するにつれて、くっついていた亀頭と包皮の間が徐々にはがれ、亀頭が見える範囲が広がっていきます。
その前提に立ったうえで「おちんちんの皮をむくべきか否か」の問いに戻ると、私は「保護者が無理矢理に皮をむくのは反対」という立場です。
乳幼児期に包皮をむくということは、「亀頭に癒着している包皮を保護者がちょっとずつはがして露出していく」ということです。けれども医療者ではない一般の人が無理やりむこうとすると、細かい傷ができて出血や炎症を起こすことがよくあります。炎症は再度の癒着の原因にもなりますので、無理やり皮をむこうとして、癒着をより強めてしまうことも多々あります。
そういう意味でも「無理やりにむくべきではない」と私は考えますし、カナダやアメリカ、オーストラリアでも「無理やりに癒着をはがすような皮のむきかたはすべきではない」という立場が今の主流です。
ただ、「むく」ことが全面的に悪いわけではもちろんありません。
余っている皮を根元のほうにたぐって、洗って、また戻すというような無理やりではない「むき方・戻し方」ができるのであれば、それはまったく問題ありません。 ちなみに、むくのであればむきっぱなしで放っておくのではなく、ちゃんと皮をもとに戻すことも大事なポイントです。
「仮性包茎」の定義が曖昧すぎる
── 赤ちゃんは100%が「真性包茎」であり、そこから成長と共に皮がむけていくことは理解できました。では、「仮性包茎」とはどんな状態を指すのでしょうか。
岡田さん:まず、「仮性包茎」は正式な医学用語ではありません。ですから、実はその定義も非常に曖昧です。
そのうえで世間的に「仮性包茎」がどう捉えられているかというと、平常時は亀頭を覆っている皮が、勃起したときにはむけて亀頭が出てくる状態、これが仮性包茎です。平常時に亀頭が完全に覆われていても、勃起時や洗うときに皮がむけてしっかりと亀頭が出るのであれば、心配はいりません。
これに対して包皮をむこうとしても亀頭がいっさい出てこないのが「真性包茎」です。乳幼児であればおしっこがちゃんと出ていれば問題ありません。しかし、成人の場合は排尿や勃起、性行為に支障が出る可能性が生じると治療が必要になる場合もあります。
では、「仮性包茎ならば問題はなく、真性包茎ならば要治療か」というと、そう言いきれるわけでもないんですね。
仮性包茎で皮がむける人でも、勃起したときに皮が突っ張って痛むことが原因で、性行為に支障をきたすこともあるからです。また、皮と亀頭の間に汚れがたまって、包皮炎を発症するケースも見受けられます。
同じように真性包茎であっても、性行為でさほど困りごとがなく、日常生活にも支障がないのであれば必ずしも治療をする必要はないからです。
──「包茎」は仮性/真性と明確に二分できるものではなく、状態や困りごとの度合いによってグラデーションがある?
岡田さん:そうです。そして医学の教科書には、「包皮をむくことができるのであれば仮性包茎である」としか書かれていないんですね。つまり、明確な定義がなされていない。その曖昧さが世間の誤解を招く原因にもなっています。
実際、男性であっても「自分の状態は仮性包茎と呼んでいいのか?」と曖昧な認識で過ごしている人は少なくないように感じます。
根底にあるのは親の恐怖心?
──「むくべきか否か」問題を突き詰めていくと、「親の自分がむくことを怠ったせいで、息子に将来つらい思い(包茎や性的コンプレックスを抱くなど)をさせたくない」という親の恐怖心がある気がします。
岡田さん:この問題において「親の恐怖心」はすごく重要なポイントだと思っています。
ただ、成長した息子さんが真性包茎でも仮性包茎でも、幼少期の親の対応が悪かったわけでは決してない、という点は強調しておきたいと思います。
それよりも親が心がけるべきことは、正しい知識を親子で共有していくことだと私は思います。思春期に入った息子さんの性器の状態を親が知ることはほぼ不可能だと思いますが、それまでに正しい知識を伝えることはできますよね。
具体的には、息子さんが本格的な思春期が始まる手前の頃、小学校中学年くらいになったら、「思春期になると皮がむけるようになるから、毎日無理なく下げて洗ったら戻すといいよ」と正しい洗い方を教える。「個人差で皮がなかなかむけない子もいるから、あなたもそうかなと思ったらまず泌尿器科医の先生に相談するといいよ」と伝えておく、などです。
──「性教育をしなければ」と思うと身構えてしまいますが、プライベートゾーン教育と同じように、フラットに淡々と情報として伝えるくらいがよさそうですね。
岡田さん:直接話すのがどうしても難しい場合は、「この本にわかりやすく書いてあるよ」と性教育に関する本を手渡して、子ども本人に読んでもらう手もあります。
性に関する事柄にまだあまり抵抗感がない年齢のうちに、そうした正しい情報や医療機関につながる道を示しておく。幼少期に無理に包皮をむくことよりも、そうした対応を継続していくほうがずっと重要だと私は考えています。
残念ながら社会には、若者のコンプレックスにつけ込んで高額な料金を支払わせる美容医療サービスが溢れています。「包茎は恥ずかしい、モテない」「男性器は大きいほうがいい」という価値観にからめとられ、不当に高額な支払いや、合併症、後遺症に悩まされるといったトラブルもたくさん起きています。
性に関する正しい知識を親子で共有することができれば、将来、そうした不適切な医療の被害に遭う可能性もきっと下げられるはずです。
PROFILE 岡田百合香さん
泌尿器科医。1990年岐阜県生まれ。2014年岐阜大学医学部卒業。愛知県内の総合病院泌尿器科に勤務する傍ら、助産院や子育て支援センターで乳幼児の保護者を対象にした「おちんちん講座」や「トイレトレーニング講座」、思春期の学生向けの性に関する授業などを行っている。初の著書『おちんちんの教科書』(誠文堂新光社)を刊行。
取材・文/阿部花恵 イラスト/はるな檸檬、こしいみほ 写真提供/岡田百合香