息子は16歳「自分のルーツと向き合う日が来たら」

──「この子のお母さんになりたい」と言ってくれた今の奥さんですが、息子さんに「お母さん」と呼ばせることはしなかったそうですね。
清水さん:どう呼ぶかについては話しましたが、下の名前で呼んでいます。彼女自身も、最初から「お母さんと呼んでね」と求めることはしませんでした。僕も名前で呼んでいますし、息子も「ママ」や「お母さん」とは呼びません。無理に役割や呼び名を決める必要はないと思っていたんです。
それでも、3歳のころから一緒に暮らし、ずっと息子を愛してくれました。息子は今、高校で野球をやっているんですが、彼女は毎週のように練習試合へ足を運び、いまや息子の『追っかけ』です(笑)。僕自身、血がつながっているかどうかにはこだわりがないんです。家族にはいろいろな形がある。互いに大切に思い、みんなで仲良くやっていければ、それでいいんじゃないかと思っています。
── 息子さんは現在16歳です。毎年福島を訪れ、睦さんのご家族とも交流を続けてきましたが、睦さん自身については、これまでどのように伝えてきたのでしょうか。
清水さん:福島には毎年行っていますから、自分を産んだ母親がいたこと、その家族がいることはもちろんわかっています。ただ、睦さんについて改めて詳しく話すことは、ほとんどありませんでした。
小学生のころに僕らのことを書いた『がんフーフー日記』を渡して「君が生まれたころのことが書いてあるから、読みたくなったときに読んでね」と伝えたんです。この前、「あの本読んだ?」と聞いたら、「怖くて読めてない」と言っていました。何が怖いのかは本人にしかわかりません。ただ、自分が生まれたときに何があったのか、産みの母親がどんな人だったのか。存在として知っていることと、その人生を具体的に知ることは、また別なんでしょうね。
今は無理に向き合う必要はないと思っています。もっと知りたいと思うのかどうかも、彼自身が決めていくこと。ただ知りたいと思ったときには、なんでも包み隠さず伝えてあげたいと思っています。
── いつか息子さん自身が、睦さんや自分が生まれたころのことと向き合うときが来たら、どんな話をしてみたいですか。
清水さん:どう受け止めるのかは、わかりません。「お父さんがもうちょっとちゃんとやっていれば」とダメ出しされるかもしれないし、逆に「よく頑張ったね」と言ってくれるかもしれない。それとは別に「僕は寂しかった」とか、あのころ息子が何を感じていたのかを初めて聞くことになるかもしれません。
僕なりに息子のことを考えてやってきたつもりですが、それを本人がどう評価するかは別の話です。僕としては、「あのときはこれしかできなかったんです」としか言えないし、いまだに「ほかになにができただろう」と考えます。あと、天国の睦さんは今の僕たちを見てどう思うだろうか、とも。
いつか彼が自分のルーツと向き合うときが来たら、睦さんのことも含めて、これまで何を感じてきたのか、聞いてみたいです。そこからまた『がんフーフー日記』という物語の続きが始まるのだと思います。
取材・文:西尾英子 写真:清水浩司