昨年12月、戸籍上の性別変更と一般女性との結婚を公表し、大きな反響を呼んだ山崎さん。さらに今年5月には第1子の誕生を発表し、多くの応援コメントが寄せられていました。体外受精を経て父親となった現在の思い、性別変更公表に込められた思いを伺いました。
精子提供による出産、迷いは1ミリもなかった

── 昨年12月に戸籍上の性別変更を公表すると同時に、奥さんとの入籍もSNSで報告されました。さらに今年5月には第1子も誕生されたとのこと。改めて結婚とお子さんを授かるまでのプロセスについてお聞かせください。
山崎さん:奥さんとは出会った当初から結婚前提のお付き合いをしていました。ふたりとも子どもが欲しいという夢を持っていたので、すべてはそこからの逆算で動いていたんです。
当然、生物学的な意味での精子は、自分の体では作ることができません。ですから、精子提供による体外受精という選択肢になるわけですが、そこに迷いは1ミリもありませんでした。「自分にできないものはできないんだから、じゃあどうすれば授かれるか」と、次の具体的なステップに思考をすぐに切り替えたんです。
── お子さんを授かるまでは順調だったのでしょうか。
山崎さん:治療の大変さを間近で見守りながら、その厳しさを強く感じました。結果的に8か月間で8回のチャレンジを繰り返しました。毎月の生理のタイミングに合わせて期待し、そのたびにリセットされる。その繰り返しは、精神的にも堪えます。ふたりで落ち込みそうになる瞬間もありましたが、そんなときこそ、「これは自分たちのタイミングに合わせて、赤ちゃんが一番いい時期を待ってくれているんだよ」と、意識的にポジティブな言葉を掛け合いました。
実はその時期、引っ越しを予定していたんです。間取りを決めたり契約をしたりとバタバタで、結局引っ越しができたのは出産の1、2か月前でした。今思えば、もっと早く授かっていたら、引っ越しの準備でそれこそパンクしていたはず。「本当に最高のタイミングで来てくれたね」とふたりで笑い合いました。
── 出産には立ち会うことができたのでしょうか。
山崎さん:たまたま休みを取ることができて、立ち会えました。ようやく授かった命が生まれた瞬間は、「すごい」という言葉しかもう出てきませんでした。今まで奥さんのお腹にいた子が、今ここにいて、目の前で泣いている。人生で経験したことのない、不思議で尊い、なんともいえない感情でした。この経験をさせてもらえたことで、人としてひとつ、確実にレベルアップできたという感謝の気持ちでいっぱいです。
最近は、車の運転ひとつとっても、自分に万が一のことがあったら、この子を誰が守るんだと、命の重さを肌で感じるようになりました。背負うものが増えたなと実感する瞬間が多いですが、それは父親としての最高の喜びを感じる瞬間でもありますね。
将来、子どもに事実を伝えるときがきたら…
── 実際の子育ては楽しいだけではないこともあると思いますが、いかがですか。
山崎さん:自分は本当に子どもがかわいいと思う気持ちだけで毎日を過ごせています。「大変になるとかわいいと思えなくなることもある」とよく聞きますが、うちの場合は、奥さんがいろいろなことを引き受けてくれているおかげもあり、大変さに押しつぶされることがありません。本当に奥さんには感謝しかないし、頭が上がりません。
── お子さんにはこれからどんなふうに育ってほしいと思われますか。
山崎さん:最近、精子や卵子の提供を受けて出産された方が、子どもに自分のルーツをどのようにカミングアウトするか、どんなタイミングで伝えるかを考えている場面を見ることがあり、同時に自分たちの未来を考えることもあります。ただ、特別にカミングアウトをするような場を設けることは今のところ想定していません。子どもにもし聞かれたら、自然に答えるくらいでいいのかなと。もちろん、子どもが成長するにつれて考え方や状況が変わるかもしれません。でも無理に構えず、自然な形で生きていけたらいいなと。
公表という大きな決断に至った理由と葛藤

── SNSでは「当初はしれっと生きていく予定だった」と投稿されていました。なぜ今回公表という大きな決断をされたのでしょうか。
山崎さん:正直に言えば、戸籍上の性別を変更した後は、女子サッカー界の山崎円美とは決別して、ひとりの男性として静かに、平穏に生きていくつもりでした。余計な波風を立てる必要はないと思っていたんです。
心境が変わったきっかけのひとつは、以前、女子のサッカー選手が同性婚を公表したことでした。そのときの世間の反応が、想像以上に温かくポジティブだったことに衝撃を受けたんです。自分の言葉で発信することは、こんなにも誰かの背中を押す力になるんだ、と。
ただ、すぐに決断できたわけではなく、1年ほど葛藤しました。それは自分自身のプライバシーの問題というより、女子サッカー界への責任を感じていたからです。女子サッカーはこういう世界なんだと偏見を持たれることで、サッカーを始めたい女の子たちが親に反対されたりしないか。髪の短い選手がみんなそういう目で見られてしまわないか。自分の勝手な発信が、大好きなサッカー界に泥を塗ることにならないか、それが何より怖かったんです。
だから、その1年間は女子サッカーとも距離を置き、まったく関係のない仕事をして、身を隠すように生きていました。
── そういった葛藤を経たうえでの覚悟の公表だったんですね。
山崎さん:1年が経ち、社会でLGBTQ+という言葉がより深く浸透していくなかで、自分自身の内面にも変化がありました。イベントに呼んでいただいた際、現役時代から応援してくれているサポーターの方々と顔を合わせ、嘘をついたまま彼らに接し続けることに耐えられなくなったんです。「やっぱり、この人たちとの縁を大切にしたい。誠実でありたい」と強く思いました。
インスタグラムで公表するときは投稿のボタンを押す直前まで緊張しましたし、勇気が必要でした。でも、公表した後に届いたのは「勇気をもらいました」という当事者の方々からの温かいメッセージばかり。「発信して本当によかった」と思いましたし、自分の経験をオープンにすることが、誰かの人生の選択肢を広げるための小さな貢献になるなら、これ以上の幸せはありません。
性別が変わっても「山崎円美」は変わらないから
── 性別を変更し、父親となった今、改めて山崎円美という人間の本質と、これからの目標について教えてください。
山崎さん:戸籍上は女性から男性に変わりました。でも、私自身の中身や本質、魂の部分は何ひとつ変わっていません。「山崎円美という人をぶらさなかったんだね」とよく言われますが、本当にその通りで、自分は自分のままなんです。ただ、性別というパーツをひとつ、より自分にフィットするものに交換しただけだと思っています。
これからの夢は、何よりも家族を世界一幸せにすることです。父親として、子どもがいつか、「これをやりたい」と目を輝かせたときに、それがどんな内容であっても「いいじゃん! 全力で応援するよ」と言ってあげられる親でありたい。もし将来、子どもが同じような境遇で悩むことがあったとしても、迷わず、最高のサポーターであり続けたい。
それに今取り組んでいるコーチの仕事を通じても、一人ひとりの悩みや個性に向き合い、共に目標に向かって走れる人間でありたいと思っています。サッカーが教えてくれた、仲間と共に高みを目指す喜びを、今度は別の形で伝えていきたいですね。
── お話を伺っているとポジティブな思考が山崎さんの背中を押している印象です。
山崎さん:よく人から「なんでそんなにポジティブなの?」と聞かれますが、ネガティブでいること自体がもったいないと考えるタイプなんです。悪い方向に考えて、事態がよくなったことなんて一度もなかったと思うので。それなら、どうすれば状況を好転させられるか、どう解釈すれば心が楽になるかを考えるほうが、人生はずっと合理的だし楽しい。
だからこそ、これからも自分らしく、ポジティブな選択を積み重ねていくだけです。もし今、何かに悩んでいる人がいるなら、伝えたいですね。「ネガティブな時間を過ごすのはもったいないですよ」と。「もっといい方向に考えて、一緒に人生を楽しみましょう」と。自分の歩みが、どこかの誰かが自分らしく一歩を踏み出すための、小さなヒントになれば、それ以上に嬉しいことはありません。
取材・文:石井宏美 写真:山崎円美