2023年6月に現役引退を発表し、現在は女子サッカークラブ・ザスパ群馬ルミナスのコーチを務めている山崎円美さん。昨年12月にインスタグラムで戸籍上の性別を変更し、男性となったことを報告した山崎さんですが、幼い頃から「男性として生きるのが当たり前だった」と言います。
性別への「違和感」という言葉はしっくりこない

── 山崎さんは今年1月に戸籍上の性別を女性から男性へと変更を公表され、大きな反響を呼びました。幼少期からご自身の性別に関して違和感や生きづらさを感じることはあったのでしょうか。
山崎さん:実は違和感という言葉が、自分にはあまりしっくりこないんです。もちろん、体は女性として生まれてきましたが、自分のなかでは男性として生きるのが当たり前でした。そこには疑いも迷いもなかったんです。
幸運だったのは、自分のキャラなのか環境なのか、幼い頃から女性扱いする人が周囲にほとんどいなかったことです。ずっと「自分は男だ」と思って生きていましたし、その姿勢を周りも自然に受け取ってくれていたのだと思います。だから、世間でよく言われるような、「自分を押し殺して耐える」といったような生きづらさの記憶も、それを感じる場面も少なかったんです。周りの環境に助けられ、友達には恵まれていたと思いますね。
── 物心がつく頃には女性ではなく、自分は男性だという感覚を持っていたんですね。
山崎さん:そうですね。兄のお下がりを当たり前に着ていましたし、男の子たちに混ざってサッカーに明け暮れていました。ただ学校など、男女で分けられる場面で多少抵抗したことはありますよ。
たとえば制服です。なんで女子だからといってスカートを履かなければいけないのかと話し合いをしたこともありました。中学校の卒業式の時は予行練習まではズボンでいいけれど、本番だけはスカートを履いてほしいと先生に言われて。その時は結局、本番だけ履くということで折り合いをつけて、当日はスカートを履いたんです。自分がどうしても受け入れられないことには「嫌だ」とはっきり意思表示しながら過ごしてきたように思います。
── 成長とともに体は女性に変化していったと思います。気持ち的にその現実を受け入れることはできましたか。
山崎さん:胸がふくらみ始めたときは、本当に嫌でした。その変化を受け止められない気持ちが強くて毎日、気持ちが少し重くなるような感覚もありましたね。ただ、そこまで目立つわけではなく、服装で隠せる程度だったので、強い違和感はありながらもなんとかやり過ごしていたんです。
女子サッカー界にいるのはおかしな話だけれど
── 女子サッカー選手としてWリーグで活躍されましたが、男性としての自覚を持ちながら女子としてプレーすることに対してはどのような折り合いをつけていたのでしょうか。
山崎さん:客観的に見れば、自分を男だと思っている人間が女子サッカーのチームにいるのは、たしかにおかしな話ですよね。自分でもそう思います。でも、当時の私にとって男性として生きること以上に、サッカーをすることのほうが人生におけるプライオリティが圧倒的に高かったんです。
物心ついたときから、私の世界の中心はすべてサッカーでした。サッカーをしていない自分は、自分じゃない。だから、体が女性であるという事実は、プロとして大好きなサッカーを続けるための条件として、ある意味、割り切って受け入れていました。性別の問題にこだわりすぎて大好きなサッカーができなくなることのほうが、私にとっては受け入れ難かったんです。
── 当時は性別の変更に関してはまったく検討してはいなかったのですか。
山崎さん:そうですね。でも、いずれはという思いはずっと抱えていました。転機となったのは、現役引退と奥さんとの出会いです。
奥さんとは、結婚やその先に望む家族の形を考える必要がありました。競技生活を終えたこと、奥さんの年齢なども考慮した上で、自分が性別を男性に変更した今が、籍を入れるべきタイミングだという確信が生まれたんです。
自分が情熱を全力で注ぎ込むサッカーをまっとうして、次のライフステージである家族へ進むための前向きなステップだったと思います。
── もし結婚をされていなかったら、以前のご自身のままだったと思いますか。
山崎さん:現役を引退した後、自分がサッカー選手という肩書きを離れて、社会で普通の人として生きていくことを想像すると、どこか不安がありました。それに、女性として生きるという選択は、自分にはどう考えても馴染まなかったと思います。周りから女性として見られることがついて回るのも、きっと耐えられなかったでしょう。だからこそ、引退のタイミングは新しい生き方へ踏み出す時だと心のどこかで決めていました。女性として生きるという選択肢は、最初から自分にはなかったのだと思います。
何事も否定から入らない親の姿勢に救われた

── 現役を引退された後に性別適合手術をされたと伺いました。それにより、山崎さんのなかでは心と体が一致したというような感覚はありましたか。
山崎さん:男性とか女性とか、そういう枠にこだわっていたわけではないんです。ただ、気持ちが一致したという表現は、自分でも少しうまく言い切れないところがあって。それでも、結婚が決まったときは、素直に嬉しさがありました。「ああ、やっと結婚できるんだ」と思ったんです。
夢みたいというと少し大袈裟かもしれませんが、心のどこかに長く願っていたものがようやく形になったような感覚で。少し肩の力が抜けたというか、楽になった気持ちもありました。
── 性別を変更されたときに大変だなと感じたことはありますか。
山崎さん:裁判所や役所に行ったり手続きは大変でしたね。いろいろありすぎて、今ではもう思い出せないくらいです(笑)。ただ、自分がやりたいことだったので面倒だなと思うことはなかったですね。
── ご両親への性別変更に関するカミングアウトは、どのようなタイミングで伝えたのでしょうか。
山崎さん:実は、あらたまって切り出すようなカミングアウトの場は一度もなかったんです。小さい頃からの自分の姿や振る舞いを見ていて、親もきっと気づいているだろうなという安心感がありました。家に彼女を連れてきたこともありますが、あえて「彼女だ」という紹介もしませんでした。でも、親もそれを当然のように、自然に受け入れてくれていた。言葉を介さなくても魂の部分で伝わっているという信頼があったんです。
唯一、はっきりとした報告したのは結婚を決めたときです。「この人と結婚したいと思っている」と伝えると、両親は驚くことも否定することもなく、「いいじゃん!」と喜んでくれました。不妊治療のことや子どもを授かりたいという計画を話したときも、「そうなんだ、いいと思うよ」と。
自分の両親は、根っからポジティブで、何事も否定から入らない人たちなんです。その明るさや姿勢にはずっと救われてきました。
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自身のポジティブな性格に加え、両親や周囲の知人の理解が深く、自分が男性であることへの違和感や葛藤はほとんどなかったと言う山崎さん。現役引退後に結婚した奥さんとは、複数回にわたる不妊治療の末、今年6月に第1子を授かりました。現在は新米パパとして、育児に励む日々を過ごしています。
取材・文:石井宏美 写真:山崎円美