全国高校女子硬式野球選手権大会で準優勝を果たし、「イチロー選抜 KOBE CHIBEN」との試合では、投手としてイチロー選手をセカンドゴロに打ち取った松本里乃さん。しかし、高校卒業と同時に突きつけられたのは、「女子野球では食べていけない」という現実でした。夢を追い続けるために進んだ先で、松本さんは心身ともに限界を迎えていきます。
「女子野球だけでは食べていけない」厳しい現実

── 投手として全国高校女子硬式野球選手権で活躍した後、広島県の専門学校へ進学し、ひとり暮らしを始められました。
松本さん:高校までは「全国大会に出る」という目標を追いかけてきました。でも、その後進路を考えるなかで「女子野球だけでは生活ができない」という現実を知ったんです。
女子野球には男子のようなプロリーグがありません。競技を続ける場合は企業チームやプロ野球球団の女子クラブチームに所属する道はありますが、それでも競技だけで生活するのは難しく、多くの選手がアルバイトと両立しています。
どれだけ野球が好きでも、どれだけ努力をして結果を出しても「野球だけで生活する」という道がほとんどない。その現実は、高校生だった私にはとても衝撃でした。
── それでも野球を続けようと思ったのですか。
松本さん:はい。そのため将来のことも考え、女子野球部があり、スポーツ整体師の資格も取得できる専門学校を選びました。「大好きな野球を続けながら、自分で生きていく力も身につけたい」と思ったからです。
ただ、入学してみると、高校時代との温度差を感じるようになりました。私は「もっと強くなりたい」という気持ちで野球に向き合っていましたが、周囲は「楽しく野球をしよう」という雰囲気でした。今思えばすごくわかるんです。それも素敵な野球の楽しみ方です。でも当時の私には、その温度差の違いを受け止める余裕がありませんでした。「とにかく強くなりたい」という自分の気持ちだけが先走って、周りから浮いていきました。さらに、肩まで痛めてしまい、思うようにプレーができなくなりました。
SNSへの誤解と孤立で体が限界を迎え
── 高校時代はSNSでも将来を期待される話題の選手でした。女子野球界のエースとして注目されていたぶん、思い通りにがんばれない環境は苦しかったと思います。
松本さん:SNSのフォロワー数が原因で誤解されることも多かったんです。高校生の頃からTikTokに動画を投稿していて、当時のフォロワーは80万人を超えていました。だから、周囲から「SNSで稼いで生活している」と思われていたんです。でも当時の私はSNSで収益を得ることはなく、その発想すらありませんでした。
それに、私は専門学校に入った後、アルバイトをしていませんでした。進学するときに両親と話し合って、「当分アルバイトはしない」と決めていたからです。日中は授業と練習があるので、働くなら夜になりますが、両親から「夜のひとり歩きは危ないからやめてほしい」と言われていました。
もともとお金をほとんど使わない性格でしたし、食料は両親に援助してもらっていました。あとはそれまでの貯金を切り崩したり、奨学金でやりくりできていたんです。
── アルバイトをしていない状況が、さらに誤解を深めてしまったのですね。
松本さん:はい。そんな事情をわかってもらえるはずもなく。実際に「SNSで稼いでいると、バイトをしなくていいからうらやましい」「楽でいいね」と言われました。次第に、「アルバイトをしていないなら時間があるよね」といった見方をされるようになり、野球部の雑用をひとりで任されることが増えていきました。もともと周囲との距離があったこともあり、誤解を解くこともできず、コミュニケーションはさらに難しくなっていきました。
突然発作で倒れ…

── フォロワー80万人を超える投稿を見ると、「遊んで暮らしている」と見えてしまうのかもしれないですね。
松本さん:派手に見えるかもしれませんが、実際は洋服もほとんど買いませんし、ブランド品にもいっさい興味がありません。練習がない日は、家にこもって過ごすことがほとんどでした。
でも、そうした事情は伝わらず「時間があるでしょ」とひとりで雑用を任せられる日が続きました。やりたい野球もできない。周囲とのコミュニケーションもうまくいかない。誤解も解けないまま、ひとりで雑用をする日々が続くなかで体調が悪くなり、ある日突然、発作を起こして倒れてしまいました。
── 発作とは?
松本さん:病院ではてんかんと診断されました。病気で倒れたというのもありますが、それまでひとりでため込んでいたものが限界を迎えていたように思います。
病院に運ばれたことを両親に伝えたら「すぐに学校を辞めて帰っておいで」と言ってくれました。でも、家計が苦しいなかで両親には学費を工面して一括で払ってもらっていたにも関わらず、入学してまだ数か月しか経っていなかったこともあり、「もう少し頑張る」と伝えたんです。
そうしたら、両親は「もう十分だから」って。両親は学費のことなんて何も言わずに、私のすべてを受け入れてくれました。
── 優しいご両親ですね。
松本さん:人間関係のことなど、私が抱えていた悩みや細かい事情は話していません。それでも両親はすべてを察したように、受け入れてくれました。本当に感謝しかありません。あのまま無理を続けていたら心も体も壊れて、今の私はいなかったと思います。
「女子野球をもっと当たり前に」SNSで新しい夢
── 専門学校を退学した後は、タレント業やSNSでの発信を仕事にされています。
松本さん:ずっとやってきた野球から離れて、最初は落ち込みましたが「どうせなら、野球のために今まで我慢してきたことをやってみよう」と思えたんです。私は昔から洋服やメイクが好きでした。でも野球をやっていることで、「汗で落ちるから、メイクをしても意味がない」「体つきががっちりしているから、かわいい服は似合わない」と諦めていたことがたくさんありました。だから思いきって、おしゃれやメイクを楽しんで、その様子をSNSで発信してみようと。
── 楽しそうですね。
松本さん:それまでの私は、野球を言い訳に女の子たちが楽しむようなことを避けていました。そのことが「どうせ私なんて」とか「あの子はおしゃれができていいな」という、うっすらとしたコンプレックスにもなっていたんです。
でも、SNSで思いきりおしゃれやメイクをして発信するようになったら「野球をやっていても、好きなことを楽しんでいいんだ」と思えるようになり、コンプレックスだった部分を少しずつ受け入れられるようになりました。フォロワーの方もそういう発信を楽しんでくれて、タレントやインフルエンサーとしての仕事につながっていきました。
── 現在は再び女子野球の発信に力を入れていますね。
松本さん:そうなんです。一度野球から離れて、今までできなかったことを思いきり楽しんだら、「やっぱり私は野球が好きなんだ」と改めて気づきました。もっと野球の発信をしたいし、女子野球の魅力をもっと多くの人に知ってほしいと思うようになったんです。
女子野球にはプロのリーグがありません。そのため「野球が好きなだけでは生活できない」という壁に直面する人も少なくない。だからこそ、女子野球を盛り上げることで、競技を続けたい女の子たちが夢を諦めずに済む環境をつくりたいと思っているんです。
── 松本さんにぴったりな役割ですね。
松本さん:思春期の女性選手特有の悩みも多いと感じています。見た目やおしゃれ、競技との両立の難しさ、生理との付き合い方など、人に相談しづらい問題もあります。また、おしゃれをすれば「練習をおろそかにしている」と言われることもありますし、逆に何もしなければ見た目についてネガティブなことを言われることもあります。
女子選手への理解や共感が広がって、もっと自然に活躍できる環境になってほしい。女子スポーツには、解決しなければならない課題がたくさんあると思うんです。だからこそ、現役時代に困った経験を持つひとりの女性としてその声を届け続け、少しでも変化につながる活動にしていきたいですね。
「女子野球でも、好きなことを仕事にして生きていける」そんな未来を実現するために、これからも発信を続けていきたいと思っています。
取材・文:大夏えい 写真:松本里乃