「もし子どもが産めても、その子はお母さんがいない子になるよ」。医師が告げた厳しい言葉に当時は大きなショックを受けたという黒岩雅さん。乳がんの闘病を続けながら、それでも「子どもが欲しい」という夢を諦めなかった彼女が辿り着いた結末は── 。

医師の「お母さんがいない子になる」という言葉に

乳がんの闘病中、気分転換に夫婦でパンを焼いた

── ハローワークのプログラムで出会った大誠さんと交際中に、ステージ4の乳がんが発覚。「もう治療はできない」と言われながらも、プロポーズを受けて結婚。現在はがんセンターで治療を受けている黒岩さんが、妊娠を考え始めたのは、どのようなタイミングだったのでしょうか。

 

黒岩さん:最初に乳がんと診断を受けた病院では「もう治す手段がない」と言われたのですが、大学病院で紹介されたがんセンターで治験に参加し、新しい抗がん剤治療を受けることができました。さらに、昨年の春に左胸の全摘手術を受けたあと、腫瘍マーカーの値が落ち着いてきたんです。

 

そのタイミングで主治医に「妊娠したいんです」と相談しました。夫とは結婚する前から「いつか子どもがほしいね」と話していたので、どうしても子どもを持つことを諦められませんでした。すると「今なら治療を少し休んでもいいかもしれないね」と言っていただいて。

 

胎児への影響を避けるために、不妊治療は抗がん剤治療をやめてから5か月間は空ける必要があったので、昨年8月から不妊治療専門の病院に通い、治療を始めました。

 

── 夫の大誠さんも、妊活には前向きだったのでしょうか。

 

黒岩さん:はい。夫も私と同じ気持ちでいてくれました。私が「やっぱり子どもを諦められない」と伝えたら、「俺も諦めたくないよ」と言ってくれて。不妊治療が始まってからも、いつも前向きな言葉をかけて励ましてくれたおかげで、「頑張ろう」と勇気づけられました。

 

── いっぽうで、主治医以外の医師からは厳しい言葉もあったそうですね。

 

黒岩さん:いろいろな先生から「妊娠は難しい」と言われました。「私の体がもたない」と言われたこともありますし、抗がん剤を中断すること自体が大きなリスクなので「子どもを持つことは諦めたほうがいい」と。

 

がんセンターに移る前に大学病院で相談したときも「もし子どもを産めても、その子はお母さんがいない子になるよ。それでもいいの?」と言われたこともありました。その言葉を聞いたとき、「ああ、私はいなくなってしまうかもしれない病気なんだ」と思ってショックでした。子どもは産むだけではなく育てたいですし、それが親の責任だと思うので、一度は本気で諦めました。その日は、家に帰ってからもずっと泣いていました。

 

── それでも、諦められなかったんですね。

 

黒岩さん:はい。先生は、その時点で考えられることを話してくださったんだと思います。でも、未来のことは誰にもわかりません。医療もどんどん進歩していますし、SNSではステージ4でも元気に生活されている方がたくさんいらっしゃいます。そう考えたら次第に、「がんだから、全部諦めなきゃいけないわけじゃない」と思えたんです。落ち込む日はもちろんありました。でも、「今は悲しくても、この悲しみが一生続くわけじゃない」と自分に言い聞かせました。

「いつまたがんが進行するか」と焦る日々

── 不妊治療は順調に進んだのですか。

 

黒岩さん:抗がん剤の影響で卵巣の働きが弱くなっていたので、体外受精を行いました。排卵を促す薬を飲んだり、毎日ホルモンの自己注射をしたりして、卵子を採る準備を進めました。自分で注射を打つのは怖かったですし、薬の副作用でお腹が痛くなって、抗がん剤とは違うつらさがありました。

 

それ以上につらかったのは、不妊治療の途中で甲状腺機能低下症が見つかって、妊活を一時中断しなければならなくなったことです。甲状腺機能は薬を飲めばよくなるとはいえ、不妊治療を中断すれば、それだけ妊娠するまで時間がかかります。

 

がんセンターの主治医からは「少しでも腫瘍マーカーの値が悪くなったら、抗がん剤を再開しないといけない」と言われていたので、「一刻も早く妊娠したい」と思っていました。「いつまたがんが進行するかわからないのに…」と焦る気持ちがあって、不安と闘う毎日でした。

 

── 妊娠に至るまでも、さまざまな出来事があったのですね。

 

黒岩さん:ようやく妊活を再開できて、今年2月に一度妊娠がわかったのですが、その後、赤ちゃんの発育が止まってしまって、生理が来ました。そのときも、夫とふたりで泣きました。抗がん剤の治療中は生理が止まっていたので、治療を休んで生理が戻ったときはすごく嬉しかったのに、そのときは本当につらくて。

 

でも「時間もないし、また頑張ろう」と夫と話して、すぐに次の治療と向き合いました。そして今年4月、もう一度妊娠していることがわかりました。今、お腹に来てくれている子です。