「今が病めるときだから」。27歳でステージ4の乳がんと診断された黒岩雅さんが、病院に駆けつけた当時の恋人から聞かされたのは、まさかのプロポーズの言葉でした。「治す手段がない」とまで言われた病気を抱えながら、結婚に踏み切った黒岩さんの当時の心境とは── 。

交際1年後に発覚したステージ4の乳がん

初めて抗がん剤投与を受けた当時の黒岩さん

── パートナーの大誠さんとの出会いはどんなきっかけだったのですか?

 

黒岩さん:2021年に、前職を辞めて次の就職先を探すまでの間、ハローワークのプログラムに通っていました。夫はその教室のクラスメイトです。夫から「LINEを交換しませんか?」と声をかけてくれて。目力がすごく強くて、話す前から「かっこいいな」ってじつは思っていたんです。夫も私に好意を持ってくれていたそうなんですが、まったく気づいていませんでした。

 

ある日、ふたりでランチをしているとき、彼から「僕を雅さんの彼氏にしてくれませんか?」と言われました。あまりにも突然の出来事でパニックになりながらも、嬉しさがこみ上げてきて、その場で「はい!こちらのほうこそ、よろしくお願いします」と返事をしました。本当に嬉しかったです。その帰り道、初めて繋いだ手の温かさを今でも覚えています。

 

── 憧れていた相手との交際が始まって1年、27歳のときに乳がんが見つかったそうですね。

 

黒岩さん:お風呂で胸を触ったときに、硬いしこりがあることに気づきました。かなり大きかったので心配になって翌日、仕事を休んで病院へ行ったんです。その日のうちに「これはがんです」と宣告され、検査の結果、ステージ4だとわかりました。腫瘍は8センチにも及び、すでにリンパや肺にもがんが転移していたんです。

 

先生からは「治す手段がないので、美味しいものを食べて、好きなことをして過ごしてください」と言われました。

 

胸のしこりが気になったとはいえ、自分ががんを罹患しているなんて想像していませんでしたし、「治らない」と伝えられるなんて考えてもいませんでした。あまりにショックで、付き添ってくれた祖母とその場で大泣きしました。

 

── そうですよね。その後、病気のことを大誠さんにはどのように?

 

黒岩さん:診断されたその日にLINEで連絡をしたら、会社を休んで病院まで来てくれました。乳がんと診断されたこと、ステージ4で治療はできないと言われたことを伝えたら、彼の目にも涙が浮かんで…ふたりで病院の廊下で号泣しました。

 

でも、ひとしきり泣いた後で突然、夫が「結婚しよう」と言い出したんです。「結婚式では『病めるときも健やかなるときも』と誓うけれど、今がその『病めるとき』だから」と。その言葉を聞いて、心が揺らぎました。

 

私はつい先ほど不治の病を宣告されて、いつ何があるかわからない状態です。「本当に結婚していいのだろうか」という気持ちが正直ありました。それでも、残りの人生がどれくらいあるかわからないとしても、「この人と一緒に生きていきたい」という気持ちが大きくて、「お願いします」とその場で返事をしました。

 

── 大誠さんにとっては、覚悟のいるプロポーズだったのでは。

 

黒岩さん:そうですね。後で聞いたら「治らない病気と聞いたときは、ふたりでこれから歩んでいこうと思っていた幸せな人生が壊れていくのを感じた」と言っていました。でも「大好きな人だからこそ、つらいときそばにいたい、力になりたい。そばにいられる時間が短いなら、なおのこと早く結婚しよう」と思ってくれたそうです。

 

彼の両親が、「病気の私と結婚することをどう思っているだろう」と心配したこともあったのですが、後で聞いたところ、彼のお父さんは「病気の彼女を見捨てるような奴じゃなくてよかった」と言ってくれたそうです。ありがたいですね。

 

プロポーズを受けたのは、2021年10月31日のことです。翌月に入籍をし、12月に結婚式を挙げました。十分な準備期間もありませんでしたが、それでも彼や私の友達は予定を空けて出席してくれて、温かい時間になりました。

 

結婚後は、夫と私の祖母と母と一緒に暮らしています。私の体調が悪いときは、母と祖母が身の回りのことを助けてくれるので、とてもありがたい存在です。